透明な動機
小狸
短編
――どうして小説など書くのですか。
――デビューできるかどうかも分からないのに。
――公募もしているんですよね。
――だったら、そちらに集中するべきです。
――こんなところで掌編小説など書いている暇はないはずです。
――本気で目指していないのだったら、今すぐ小説を書くのを辞めて下さい。
――不快です。
長文のダイレクトメールが来ていた。
これは良くあることである。
大抵それは、他人の気持ちや言動を、自分の言葉でどうにかできると思っている、浅慮な人間からのメッセージである。
どう生き、どう公募小説新人賞に応募しようと私の勝手である。
そんなことは当たり前である――が、そんなことすら分からない人間が、この世にはいるのである。
可哀想とすらも思わない。
そういう人間とは、分かり合えない、こちらから分かり合おうとしないと決めている。
冷徹に思えるだろうが――気にしない、というのは、こういう類の人間に対して存外効果的なのである。
私が小説の公募を出していると公言した数年前は、確かこの人は、応援してくれていたように思う。
最初は勿論箸にも棒にも掛からぬ有様であったが、ここ数年は、一次や二次、時には三次選考まで残るようになってきていた。
そんな現状を報告するたびに、最初こそ一緒に喜んでくれたけれど、徐々にその内容は変質してきた。
もっと努力しろだとか、自分が推敲してやるから小説を見せろだとか、頑張りが足りない、だとか、誤字脱字をチェックさせろだとか。
その人は、私がネットで投稿しているサイトでは所謂読み専と呼ばれる人で、少なくとも私が知る限り、自分で小説は書いていないようだった。
一体誰に、私を重ねているのやら。
そんな風に思って、DMを削除し、その人をミュートにした。
最初こそ、小説投稿サイトにて「応援コメント」や「レビュー」に対して、丁寧に対応していた。
しかし徐々に閲覧数が増えていくごとに、意味不明で自己撞着的で、おまけに過激な批評(最早非難と呼んでも良いかもしれない)が飛んで来るようになったので、コメント欄を閉鎖することにした。
その人も――その過激な非難をする人の一人であった。
「…………」
どうして小説を書くのか、ね。
そんなことを考えねばならないのなら、初めから書いていない。
書きたいから書いているに、決まっているだろう。
そう思って、私は、パソコンを起動する。
今日も私は、小説を書く。
(「透明な動機」――了)
透明な動機 小狸 @segen_gen
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