第2章 ジュノアの昼餐

 ジュノアは語った。

「ミナス・サレは人口増加に対し、都市機能の拡充が追いつかなくなる一方です。水はまだ余裕がありますが、食糧と医療は限界が近い。大山嶺のトンネルで空輸する物資を増やせば、やがてガーランドがここを発見します。

 グウィネス・ロゥはここに軍政を敷きました。玄街の大軍事基地です。そして、皆が飢える前にミセンキッタ領国を奪う計画を立て、父はそれを全面的に支持した。

 でも、お分かりでしょう。玄街の人材のみであの領国を運営できますか? ましてやミセンキッタ領民の抵抗とガーランドの存在を考えれば、果てしなく戦乱が続く。この都市の子供たちは15歳で戦士になる運命です」


 カレナードは言葉を選んだ。

「戦争回避を望む者の数は」

ジュノアは短く首を振った。

「把握は十分ではありません。私には領国で3番目の強権があります。それをどのように使えば最も最小の犠牲で済むか考えています。

 玄街首領グウィネスは父のガーランドへの恨みを掻き立てました。クラカーナ・アガンはミナス・サレ建設を率いた頃の男でなくなった。積年の苦労がやっと報われた時に数の問題が浮上し、グウィネスはそれをミセンキッタ占領作戦にすり替えたのです」


「つまりアナザーアメリカ法を受入れ、調停の下でミナス・サレ領国を緩衝地帯のどこかに移す道があったのに、放棄したと?」


「はい。この都市を築いた第1世代は迫害された玄街ヴィザーツとアナザーアメリカ世界の難民、あるいは棄民でした。彼らはガーランドを恨み抜いていますが、すでに鬼籍に入った者も多い。第2世代は報復が正義と教え込まれています。第3世代の子供たちにも影響するでしょう。

 しかし、ミナス・サレのヴィザーツは10万人、コードを使えない一般市民が15万人。大山嶺の向こうにいる玄街はわずか5万。これでガーランド・ヴィザーツ100万人を撃破するつもりです」


「不可能ではありません。ただ殺すだけなら簡単です」

カレナードは箸で机上に10個の水滴を垂らした。

「この水を同時に、ほら、布に吸わせるのと変わりない」

水滴はカレナードが被せたナプキンの下で消えた。


「ヴィザーツ屋敷は誕生呪を与える役目と軍事の両方を負ってます。アナザーアメリカの全てを軍事的にカバーできない。今日はネブラスカを、明日はミルタ連合を、その次は西メイスを、さらに東と北メイス、そしてカローニャとオルシニバレ、マルバラ。1週間で領国の点だけを空爆して回る電撃作戦です。ガーランドには別に足止め攻撃が必要ですが……」


 ジュノアの足がカレナードのつま先に触れた。

「それを言って良いのですか。この昼餐が罠ならどうします?」

「ガーランドは私の稚拙な作戦など想定済みです。マリラ・ヴォーは私がいても躊躇なくここを殲滅するでしょう」

「あなたは女王の良き人と聞きましたが……違うのですか」


 カレナードは「そうではありますが」と箸を置き、椅子から立った。

「ジュノアさま、御夫君のことを心よりお悔やみ申し上げます。サージ・ウォールの毒について教えて下さい」


ジュノアは静かに頷いた。

「近年、突然死する者が増えています。原因がまことに毒ならば一刻を争う事態ですが、医療関係者は断定できないでいます。大山嶺の向こう側で、そのような話は?」


カレナードは首を振った。

「強いて言うなら砂塵が問題です。呼吸器に負担がかかるのは確かですから。死者の多い年代など、何か特徴はありますか?」

「特に年齢に偏りはありません。グウィネスが勝手に毒と言い、市民の不安を駆り立てているとしか……」


 カレナードは無意識に首の細い枷に手をやった。

「ガーランドに良い医師がいます。シーラ医師に似た人です。ああ、彼に伝えられたら……。

 そうだ、冷宮区にガーランド・ヴィザーツが何人か居るのでしょう? その中に医療ヴィザーツか、環境地理学に詳しい人がいませんか」


ジュノアも椅子から立った。

「カレナード、今日は良い話が出来ました。最後に助言いたしましょう。シーラ家は少々カレワランと縁があるのです。あなたをシドに託したのは、私です」


 こうして昼餐は終わった。


 その後もカレナードのべランダの舞は続いた。軍事教練が多い割に娯楽に乏しいのがミナス・サレだ。年頃の少年少女たちが城市の歌劇団公演を楽しむ機会は半年に1度ほどと、ラーラがついカレナードの前で愚痴ったものだから、彼女は毎日違う踊りを披露した。音楽なしの沈黙の踊りに拍手が返ってくるまでになった。


 過敏に反応したのが、歌劇団のトップダンサー兼芸術監督、エリザ・トリュだ。彼女は先日の宴でグウィネスに踊りを中断されて、頭にきていた。

「あの捕虜を使ってグウィネスの面子を潰してやりたい。政治に干渉するつもりはないけど、市井の者にも意地があるのよ」


 領国主クラカーナは娘が最重要捕虜と昼餐を共にしたことに驚かなかった。

「ジュノアよ、彼女がいかなる人物か、聞かせてくれ」

「ミセンキッタ領主の後見人です、並みの者でありません。思慮深く、でも、少しおもしろいかも」

「どういう意味だ」

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