第18話ハンバーグ

 「どうぞ」とリーシャに促されて炊事場に入った俺は、古いが小綺麗に使われているようだし、清潔感も十分だ。




 アイテムボックスから調理器具を取り出しながら、調理台の上のバスケットに詰め込まれている調味料や野菜類を素早く確認した。


 塩、砂糖、酢に、この黒い粉は……おおっ、胡椒だ。ありがとう異世界の冒険家よ。こんな山奥にも香辛料があるのはありがたい。


 タマネギ、は――あるな。それに卵もある。これはネギ、これはニンジン、キャベツやレタスなどの葉物野菜もある。おおっ、レモンまであるな。


 見た目はとにかく、味は味わってみないとわからない。俺はタマネギと思われる野菜を手に取り、がりりとかぶりついた。


 その瞬間、ツン、と鼻を付く刺激臭と辛味が口いっぱいに広がった。紛れもなくタマネギの味だ。




「よっしゃ、これなら使えるな。リーシャ、病人でも食べやすいようにゴライアス・ベアを料理して持って行く。助手は要らなさそうだから、リーシャはあのレオンって人に連れ添っててくれるか?」

「わかりました! バンジさん、お願いしますよ!」

「おう、任せとけ」




 とっておきの強がりを吐いて、俺はアイテムボックスからゴライアス・ベアの肉をまな板に乗せた。


 使うのはアバラの肉、脂肪分が比較的多い部分を使ってみる。あと、うっすら残った皮下脂肪もこそぎ落とし、肉汁を出すために一割ほど混ぜた。




 まず、肉をナガサと炊事場の包丁で叩き、粗挽きのミンチにする。


 次にタマネギをみじん切りにし、フライパンでサッと炒めて甘みを出す。


 粗熱を取ったらゴライアス・ベアのミンチと混ぜ、塩コショウで味をつけ、粘り気が出るまで力いっぱい捏ねてゆく。


 通常はここでパン粉や卵などの繋ぎを使うが、野趣溢れる風味が持ち味のジビエ肉は余計な繋ぎを使わない方が味わい深く仕上がるものだ――これは師匠であったデューク西郷氏の弁だ。




「ぐわーっ、早速腹が減ったぞバンジ! ちゃんと妾の分も作るのじゃぞ! それよりも味見、味見させよ!」

「うわっ!? あ、アズマネ様、生肉を生で食ったらポンポンイタイイタイになりますよ! こら、生肉素手で掴むな! あっち行ってなさい!」




 ――まとわりついてくるアズマネ様をしっしっと追い払いながら、俺は次の工程に入った。




 ミンチ肉を手で丸め、空気を抜くように掌に叩きつけながら小判型に成形。


 サラダ油をフライパンに引き、真ん中を凹ませたミンチ肉の塊を中火で加熱してゆく。


 三分ほど経って表面に焼色がついたら、ひっくり返してフライパンに蓋をし、蒸し焼きにして中まで火を通す。


 一応は野生動物の肉だし、寄生虫や食中毒の危険を避けるため、じっくりと加熱する。


 


 しばらくして、タネから出てくる肉汁が透明になったのを確認する。タネの中まで火が通った証だ。




「よしよし、思った通りいい肉だ、これは……」




 てっきり脂肪分の少ない肉なのかと思っていたが、肉汁は思ったよりもジューシーに流れ出てくる。


 小指の先を肉汁に浸し、味見してみると――これぞジビエ肉と言える複雑な旨味が溶け出している。


 やはりこの世界の野生動物の肉は味が濃い。一体何を食べているのだろうか。




 中まで火が通った肉を一旦皿に取り出したら、次はソースづくりだ。


 肉からたっぷり溢れ出した肉汁を元に、まずは野菜籠の中のトマトを刻んで加熱し、水分を出した後、追加でシメジによく似た、肉質のしっかりしたキノコを刻んで入れた。


 トマトから水分が出た後は、アイテムボックスから赤ワインとデミグラスソースを取り出して適量入れ、塩コショウで味を整えてゆく。


 加熱しても旨味成分が壊れないトマトの味と、そして肉と相性がよいキノコの旨味とその触感が、ソースであっても単に引き立て役ではない、メイン級の存在感を出してくれるはずだ。




「後は、このソースの中に入れてひと煮立ちさせて……完成だ!」




 俺の一言に、おおっ、とアズマネ様が声を上げた。




「出来ましたよ! 名付けて、ゴライアス・ベアの異世界風ソースハンバーグです!」

「おおお、ハンバーグとな! バンジ、それは妾の分もあるのじゃろうな!? 味見させよ味見!!」

「わわ、アズマネ様……! ちょちょ、これはあくまで病人のための療養食なんです! 楽しむために食べる人の分は後で!!」

「むぅ、この甲斐性なしめ。それでも病人に供する前に味見ぐらいはさせるもんじゃろうに……」




 大いに不満だ、というように頬を膨らませているアズマネ様をなんだか可愛いなぁと苦笑して見つめていると、パタパタと廊下を誰かが走ってくる音が聞こえ、俺たちは騒ぐのをやめた。




「バンジさん! レオンさんが――!」




 その声とともにドアを開けたのはリーシャだ。


 俺とアズマネ様は一瞬だけ視線を交錯させた後、ハンバーグが乗った皿を手に病室へと走った。







「面白かった」

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