第17話ゴライアス・ベア解体ショー

「よぉーし、ひとまずこんな感じだなぁ!」




 それから約二時間後、村の広場に寝かされたゴライアス・ベアは俺の巧みなナガサ裁きにより、「獣の死体」から「食材」へと変貌を遂げた。


 アズマネ様は感心したように解体されたゴライアス・ベアを眺めた。




「うーむ、まだ若いのに見事な腕じゃな、バンジ。この解体の丁寧さはそなたの祖父より上やも知れぬ。褒めて遣わすぞ」

「ああ、いやいや、俺なんかまだまだ半人前です。それにこれを教えてくれたジビエ屋の師匠が凄かったんですよ」




 俺は謙遜半分、師匠であったジビエ屋の親父を尊敬する気持ち半分で照れた。


 俺のジビエ料理の師匠であったデューク西郷氏はフランス人と日本人とのハーフで、身長が二メートル八センチ、体重百二キロ、筋骨隆々のスキンヘッドの巨漢で、はるばる東京から秋田に移り住んでジビエ料理店を開いた人だった。 


 本場フランスで鍛えたというその料理の腕はもちろん、狩猟の腕も見事なもので、その正確かつ素早いスナイピンング技術には地元のマタギの古老さえ一目置いていた。


 だが性格は温厚で誠実、何よりも料理に対する情熱、獣の命との真剣に向き合う死生観に惚れ込んだ俺は、三年という時間を彼の弟子として過ごしたのだった。




 俺が死んで師匠、今頃泣いてるだろうな、なにせ一頭倒すごとにその獣の命を惜しみ、五体投地して泣くような人だったから……とその人となりを思い出していた俺は、ふと背中に視線を感じた。


 振り返って見ると、周囲の村人は興味半分、恐れ半分、という感じで解体されたゴライアス・ベアと、血まみれでニコニコ笑っている俺を交互に見ている。


 オイオイそんな尊敬の目で見るなって、と俺は照れて頬を掻いた。




「あぁ、そういやこの世界には猟師とかハンティングっていう概念がないらしいんだったな? そう怯えなくても大丈夫だよ。こうなっちまえば魔獣も家畜もない、肉だ、ただの肉! 肉は食うためにある! こっちが取って食われることはないさ!」




 ジョークが悪趣味すぎるかな、とも思ったが、300kg近い大物を仕留めた達成感もあり、その時の俺は割とノリノリであった。


 案の定、血だらけの顔を笑顔にした俺を、村人たちは引きつった表情で見つめるばかりだった。




「よぉーし、それじゃあリーシャ! 早速調理に移ってくから助手を――!」




 頼む、という俺の一言は、まるでデスメタルのデスボイスのような嘔吐の声に、ほぼかき消された。


 おや? と思っていると、リーシャが近くの草むらの前に崩折れ、口からキラキラと光る何かを絶賛リバース中であった。




「おっ、おえぇぇぇぇ……! ゲェェェェッ……!! ガッハ……!!」

「え、急にどうしたんだリーシャ? お腹痛いのか?」

「すっ、すびばせんバンジさん、私こういう血とか内臓とかのグロテスクが苦手で……ぐわああああ……!!」




 キラキラ……と、再びリーシャの口から光が迸った。うわっ、あのキラキラはゲロかよ。


 うーん、あのお姉さん、黙ってれば凄い美人なのに、骨が折れるわ鼻血は出すわキラキラするわ、なんかこう、美人としては残念なポイントが多い。


 どうしよう、水かなんか差し出したほうがいいのかな……と思ったあたりで、ハァハァ、と犬のように喘いだリーシャが口元を拭いながら顔を上げた。




「うぐ、うはぁ……! だ、大丈夫ですバンジさん、なんとか落ち着きましたから……。それで、なんですか?」

「え? あ、ああ、今から少しこの肉に火を通してみようと思う。ここで火魔法を使っても問題ないか?」

「え、えぇ、大丈夫ですが……」

「よーし、まずはフライパンを取り出して肉片を乗せて、下から炎魔法で……」




 俺は例のアイテムボックスからフライパンを取り出し、肉片を乗せてから、パチンと親指と中指を擦り合わせて、下からフライパンを炙り始めた。


 なるべく強火で、このゴライアス・ベアの肉が持った全ての味を閉じ込めるようにゴウゴウと炙ると、やがて肉はすっかりと火が通った色になった。


 あちあち、と言いながら肉片を指で摘んで口の中に放り込み、慎重に咀嚼すると、村人の何人かがひそひそ話を始めた。




「お、おい、本当に食ってるぞ。しかも魔獣様の肉を……!」

「なんとバチ当たりな……それに今の今まで山を駆け巡ってた獣の肉じゃないか」

「どっちが獣かわからん! あんなもん食ったら妙な病気を貰うんじゃないのか?」




 うーむ、どうやらこの世界には、本当に野生動物の肉を食べる習慣がないらしい。


 俺は不思議に思いつつも、ごくり、と肉片を飲み込んだ。


 リーシャが、おっかなびっくりという感じで感想を尋ねてくる。




「う、うひぃ……! ほ、本当に食べちゃった、ゴライアス・ベアを――! ど、どうでした、か……?」

「うん……思ったより臭みはないな。これなら臭み消しの香辛料とか酒はなくてよさそうだ。だけど思った通り肉質が硬いなぁ。これだと病人には飲み込みにくいな」

「あ、あう、そんな味の講釈まで――! うぷ……!」




 リーシャがまた青い顔でえづき始め、口元を両手で覆った。おお、いかんいかん、ここでキラキラされたらたまったもんじゃない。


 まぁ、それはいいとして――俺は三年のジビエ修行で身につけたレパートリーの中から、最適と思われるレシピを考えた。




「よし、リーシャ、早速レシピは決まったぞ。教会には炊事場ってあるか?」

「え? あ、はっ、はい! ございます!」

「ならそこを借りよう。あと、そうだな……食材もちょっと見させてもらっていいか?」

「どうぞ、この村にあるものなら何なりとお使いください!」

「よし、じゃあ移動しよう。肉は最低限でいいか」




 俺はまだ血まみれの肉片をアイテムボックスに収納し、教会へと向かった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「ん? 今なんか言ったよね?」


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