第15話ブルナ村

 それから三十分ほどかけて山道を抜けると、なんとなく風景に人の手が加わり始めた。


 木立は綺麗に手入れされ、少しずつではあるが畑も目に入るようになってきた。


 あと少しだ。その気持ちとともにロープを引きずった俺たちは、遂にリーシャの村にたどり着いた。




「着きました。ここが私たちの村、ブルナ村です」




 リーシャが額に滲んだ汗を拭いながら村を見た。


 これは――俺は目の前に現れた、この世界で初めての人の世界を注意深く観察した。




 この山の中にあると聞いて、もっと切ないほどにこぢんまりとした集落を予想していたのだが、村は意外なほどにいろいろな建物が観察できた。


 中央には広場も整備され、あまり豪華な造りではないがその向こうに尖塔を持った複数階建ての建物も確認できる。


 全体的な戸数はざっと見たところで三十軒ほど、一軒に四人暮らしていると計算して、村人はざっと百人前後というところだろうか。




 いよいよ戻って来たんだな、人の世界に――俺が複雑な気持ちとともに村を見つめていると、俺たちに気がついたらしい村人が、こちらを見るなりぎょっとした表情を浮かべて駆け寄ってきた。




「リーシャ様、ご無事で……! 今までどこに行ってらっしゃった!」




 リーシャ様? 俺が少し驚いたが、駆け寄ってきた複数人の村人はリーシャしか目に入っていないようだった。


 その表情はどれもリーシャのことを真剣に案じていた表情で、この村におけるリーシャの立場をなんとなく想像させた。




「皆さん、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は無事です。ただいま戻りました」

「それはよかったが……! して、例の魔獣様は!? ちゃんとお鎮まりになったんでしょうか……!!」




 その質問に、リーシャは一瞬、強く躊躇いの表情を浮かべてから――俺たちの背後を見た。


 その挙動とともにリーシャの背後に引きずられているゴライアス・ベアを見た村人たちが、揃って悲鳴を上げた。




「しっ、魔獣様……!? りっ、リーシャ様、こいつは……!?」

「……皆さん、落ち着いて聞いて下さい。この頃村の周辺に出没していた魔獣、ゴライアス・ベアは……この通り討伐されました」




 討伐。その言葉に、村人が露骨に動揺した。


 お互いに見合わせた顔に、一瞬だけ、安堵の色が浮かんだ気がしたが――次の瞬間、その安堵の表情は消え去り、代わりに濃い怯えの色が伝染した。




「と、討伐――!? 唯一神様のお使いを殺しちまったんですか!?」

「――あの状況下では私が生き残るには仕方がないことでした。おかげで私は生を拾い、代わりにゴライアス・ベアは死んだ。結果だけ言えば、そうなります」




 リーシャの言葉に、そんな馬鹿な、と呟いた村人の一人が血相変えて詰め寄った。




「な、なんてことを――! リーシャ様、聖女様がお使いを殺したんですかい!? そんなことをしたらブルナ村は呪いで全滅しちまうじゃないですか! ああ、なんてことだ……!!」




 ふむ、聖女……それがこの村のリーシャの肩書きか。


 俺が密かにそんなことを思っていると、皺だらけの顔を青ざめさせて、その村人はリーシャに取り縋った。




「り、リーシャ様、あんたはこの村を滅ぼす気なのか!? こんな大きなお使いの獣、殺したらどれだけ酷い呪いが村に降りかかるか……!!」

「――お怒りはご尤もです。ですが、このままこのゴライアス・ベアを放置していたら、私たちはそれはそれで全滅していました。ただ、遅いか早いか、我々に選べた道はそれだけです」




 リーシャのその声は、何故かその声量とは関係なく、よく通った気がした。


 はっ、と浅く息を飲んだその村人をやんわり押しのけ、リーシャは決然と言った。




「それと、それ以上に収穫もありました。もしかしたら我々は、ゴライアス・ベアを手にかけた呪いは降りかからないかも知れない。――いや、もう今後一切、魔獣たちの呪いに怯えない暮らしができるようになるかも知れない――」



 

 その言葉に、再び村人たちが顔を見合わせて、結局またリーシャを見た。


 リーシャがそこで、初めて俺を振り返った。




「バンジさん」

「お、おう」

「ホーンテッドラビットの角を村の皆さんに示してください」

「わ、わかった。――ほら、これだ」




 俺が懐からツノウサギのツノを取り出して村人たちに差し出すと――ワッ! と数人の村人が怯えたように飛び退った。




「こ、こいつは魔獣様のツノじゃないか……!! あ、あんたがまさか、魔獣様を……!?」

「あのツノの生えたデッカいウサギだけじゃない。このクマも俺が討ち取った。俺がツノウサギを倒したのは五日前だ。けれど、俺に呪いや呪いなんて降りかかっちゃいない。俺は至って健康体だぜ」




 村人たちが、怪物を見る目で俺を見た。


 ここで俺は決然と言った。




「もしかしたら俺だけが呪いや呪いに耐性があるだけなのかもしれんが――ただひとつ、確かなことは、俺はそのツノウサギを殺した。殺してなおかつ――その肉を食ったってことだ」




 ぎょっ、と、村人たちが目をひん剥いた。


 「く、食った……お使いをか……!?」という誰かの声に答えるように、俺は大きく頷いた。




「もしかしたら、そのことが今の俺に関係あるのかもしれない。だからこのクマは討ち捨てにしないで引きずって持ってきた。そうすればその呪いとやらを克服する鍵が見つかるかもしれない。なぁ、騙されたと思って俺たちの思いつきに乗ってくれないか」




 俺の言葉に、リーシャも大きく頷いた。


 しばらく、村人たちは怯えたように顔を見合わせていたが、誰かが口を開くより先に、リーシャがよく通る声を発した。




「今は怯えるよりも先にやらなければならないことがあります! バンジさん、たった今呪いを受けて苦しんでいる患者さんのところにお連れします、こちらへ!」




 そう言って、リーシャはなにか決意を固めた足取りで村の中に入っていった。


 その背中を戸惑いながら見つめていた村人たちも、一人、二人と、リーシャの背中について村の方へ戻っていった。


 


 とにかく、この村の人間に受け入れてもらうためには、ここで結果を出すしかない。


 俺の方もなんとなくそんな決意をして、俺もリーシャの背中について村に歩み入った。







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