第8話人間嫌い

 暫く歩くと、視界が拓け、確実に人の手が入っている一角が現れた。


 これは……俺が注意深く観察していると、掘っ立て小屋のような小屋が現れた。




「これ……つい最近まで人がいたっぽいな……」




 小屋の庭といえる場所には、僅かではあるが耕された形跡のある畑まである。


 荒れ放題、とまでは言えないが、やはり放棄されて久しいらしく、植わっていた野菜は伸び放題になっていた。


 けれど――小屋の方はまだ佇まいが綺麗で、雨風を凌ぐのには何の心配もいらなさそうに見えた。




 俺はおっかなびっくり、小屋のドアを開けて中に入った。


 ドアを開けた途端、厚く積もった埃が舞い上がって……というのを想定したのだけれど、中は予想とは裏腹に小綺麗にまとまっていた。


 家財道具はほとんどなくなってはいるものの、竈には最近まで使用されていた形跡があり、とりあえず、という感じで部屋の隅に藁敷きのベッドもある。


 これは……家主は引っ越した、少なくとも、ある程度長期間になる覚悟を持ってここを離れたことは明らかに見える。


 ふう、と俺は嘆息した。




「ここは大丈夫そうですね……。よし、ここを今日の宿にしましょう」

「他人の家ではないか。大丈夫なのか?」

「【斥候】のスキルで観察したところ、ここには戻らない決意で手放したもののように見えます。もし家主が戻ってきたら、獣の肉でなんとかお詫びできないか交渉してみましょう」




 俺が宣言すると、アズマネ様がふわぁ、と欠伸をした。




「まぁ、今日寝泊まりする場所ができてよかった……それではバンジ、急ぎ妾の寝床を用意せよ」

「あ、そうでした。ベッドはひとつしかないんだよなぁ……仕方ない、今日は俺が床に……」

「よい、必要ない。急ぎ常緑樹の小枝を一本用意せよ。花瓶も忘れるな」

「は――?」

「いいから言われた通りにせい。そして……そうじゃな、そこの棚の上に置け」




 矢継ぎ早に指示を出され、俺は不思議に思いながらも外に出て、山刀ナガサで小枝を払い、そこらに転がっていた瓶を拾い、近くにあった井戸でザブザブと洗って小屋に戻った。


 


「その小枝を棚に飾れ。それだけでよい」




 アズマネ様が簡潔にいうので、俺はその通りにした。


 天井近い棚に瓶を置いてから、俺はあることに気がついた。


 これは――なんとなく榊の枝を供えた神棚っぽい、のか?




 そう思った瞬間、ふわり、とアズマネ様が虚空に舞い上がり、その枝に向かって吸い込まれるようにして消えた。


 ええっ!? と驚いてしまうと、「案ずるな、ここにおる」というアズマネ様の声が聞こえた。




「え、ええええ!? これどういう原理ですか!?」

「そなたもわかるじゃろう。これは神棚と依代よりしろじゃ。要するに神界へのワープするためのポイントのようなもんじゃ。妾は神界で床につくからの」

「あ、ああ、そうなんですね……よかった。じゃあ、俺もぼちぼち今日は休む用意をしますよ」




 俺はそう言いながら、放棄されたベッドを掃除した。


 意外にも毛布は汚れておらず小綺麗なままで、藁が敷かれていて結構暖かい。


 今日の気温なら冷え込んでもこの毛布一枚でなんとかなりそうだ。





 寝てもよさそうだと納得して、俺は村田銃と山刀ナガサを床に置き、ベッドに横になった。


 低い天井を見ながら、大波乱だった今日一日のことを思い返す。




 夢だったジビエ食堂開店、そこからの事故死。


 そして山神様と出会って異世界転移。


 先祖の持ち物を使ってのツノウサギ捕獲と、初の異世界ジビエ。

 

 初日の感触としては悪くなかったけれど、なんだかいろんなことがありすぎて疲れてしまった。




「ある程度日が経ったら、里に行かないとな……」





 俺はそう独りごちた。


 そう、人間。俺にとっては異世界人。


 この世界は俺にとっては正真正銘の異世界であり、文明レベルもどの程度かわからない。

 

 ずっと山に引きこもって生活するわけにも行くまいし、叶うことなら人里に住まわせてもらうのが望ましい。


 カネはないけれど、この村田銃と爺ちゃんの山刀ナガサさえあれば、猟師として、あるいは畑を獣害から守るハンターとして住まわせてもらえる可能性はあるだろう。




 けれど――俺はそこで嘆息し、寝返りを打った。


 本当に、この世界の人は、俺を受け入れてくれるだろうか。


 それを考えると、どうしてもこのまま一人気ままな山暮らしスローライフを続けていたいという思いが、否定できないものとして心に浮かんできた。




 まぁ――ぶっちゃけた話、俺は人という生き物が少し苦手なのだ。




『なんで生き物を殺すの!? 可哀想だよ! バンジ君もバンジ君のおじいちゃんも野蛮な人だ――!!』




 ――不意に、俺の脳裏に甲高い声が蘇って、俺はため息をついて寝返りを打った。




 子供の頃にある人物からそんなことを言われて、俺はそれ以来、人間という生き物が少し苦手になった。


 人間は何かを殺して喰わなければ生きていくことは出来ない。それは常識だと誰もが思っているが、稀にその当たり前の事実に気がついていない人もいることにはいる。


 そしてそんな人は、自分だけは清廉潔白に、生きる上で必ず必要になる悪にも染まらずに生きているのだと信じていて、そうではないと断じた他人を遠慮なく攻撃してくるものだ。




 人間という生き物はずば抜けて知恵がある動物だ。


 ずば抜けて知恵があるからこそ――他の動物とは違って鬱陶しいし、煩わしい。


 そんな侮蔑の思いは、おそらく俺だけのものではなく、自然を相手に暮らしてきた人間にはある意味誰にでも共通する思いなのではないだろうか。




 野蛮――か。思えばとんでもない言葉で罵られたもんだな、と失笑してしまってから、俺は物思いを打ち切った。




「まぁ、何はともあれ、今はあんまりいろいろ考えるときじゃ……ないだろうな……」




 そう声に出して呟いた途端、眠気がやってきて、言葉が尻切れトンボになる。


 まだ日が沈みきらない夕方だというのに、結構身体の方は疲れていたのかもしれない。


 俺はうとうととまどろみ始めた。




 眠りに落ちる前、一回だけ、アズマネ様と会話をした。




「……アズマネ様、もう寝ました?」

「なんじゃ」

「ここで少ししたら、里に降りてみようと思います」

「おう」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おう」




 一応、この世界に、俺は独りぼっちではない。


 こんな会話ができる存在がいることに安堵して、俺は異世界で初めての眠りに落ちていった。







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