第2話異世界転生

「え――? い、異世界転生――?」

「最近、流行っとるじゃろう? 異世界でスローライフ、というヤツじゃ」




 スローライフ。なんだかこの和装美人の口から放たれたとは思えない一言に思えた。


 俺はパチパチと目を瞬いた。




「そ、そりゃ世間的には流行ってはいるらしいですけど……異世界スローライフって……山の神様がソレ言うんですか?」

「当然。まぁ今回の場合であると転生というより転移に近いが――神界は今その話題で持ちきりじゃぞ?」




 山神様は指折り数えた。




「勇者として世界を救わせる、聖女として瘴気しょうきを祓わせる、あるいはそなたのように農村でチートなスローライフをさせる……今、妾がおる神界では人間を異世界転生・転移させるのが大ブームなんじゃ」

「だ、大ブームって……! まさか異世界転生ってそんなタピオカみたいなもんなんですか!? って、っていうか山の神様なのに横文字多ッ……!!」

「そうとも。それであるからそなたらの世界でも異世界転生が流行しておるじゃろ? 神界で流行るものはゆくゆくは人間界でも流行るものなのじゃ」

「えっ、えぇ……!? そんなTikTokみたいなもんなんですか!? な、なんかイメージと違う……!」

「それに、最近は過疎化じゃ少子高齢化じゃという理由でこの世界での妾の氏子も減り、信仰も先細りしておるからの」



 

 意外な一言に、俺は呆気にとられて尋ね返した。




「し、信仰が先細り――とは?」

「つまりじゃ、信仰は我々神に取っては稼ぎや俸禄に等しいもの、ということじゃな。妾を信仰するものが減れば我が神威しんいも衰え、それ故に信仰もますます減る……悪循環じゃ。妾のように地方に密着しとるイチ零細神は世の中が進むと何かと不便になってくるもんなのじゃ」




 なんか町工場の経営者のような言い草だと思ったが、その時の山神様の表情を見れば、それが神様にとってかなり深刻な問題であろうことは嫌でも伺い知れる。


 ほう、とため息を吐いてから、ジロリ、という感じで、やけに白い部分が多く感じる山神様の目が俺を睨んだ。




「全く……そなたら秋田に住まいを為す人間は何をやっておるのか? 人の子のやることじゃと黙って見守っていてやったのに――そなたら秋田の民はちっとぐらい己の手で人口減少に歯止めをかけようという気概がないのか?」

「は、えぇ――?」 

「ただでさえ大半が山の中、雪も降るし日照時間も短いし娯楽も少ない辺境の土地じゃぞ。体力も精気も有り余っとる若いもんが華の東京に憧れて故郷を捨てたがるのも無理ないことじゃろうが」

「は、はぁ……なんかすみません……」

「それがわかっておるのにそなたら人間は何も対策しようとせぬ。馬鹿のひとつ覚えでやれIターンじゃやれインバウンドじゃなどという白々しい横文字を弄くり回して、根本的な問題を見て見ぬフリしよって……。この山神をあまりコケにし続けるなら噴火させてしまうぞ、鳥海山ちょうかいさん駒ヶ岳こまがたけ太平山たいへいざんをいっぺんにな」

「ちょちょ、やっ、やめてくださいよ! そんなことしたらただでさえ減ってる秋田県民が絶滅するじゃないですか! いくら天罰を下すにも程がありますよ!!」

「流石に冗談じゃ、六割程度はな」




 四割本気なのかよ――!? 俺がゲンナリすると、山神様が「そこで、異世界転生なのじゃ」と本題に入る声を発した。




「このまま秋田の山の中に引き籠もっていてもジリ貧は確実。だから妾も他の神々と同様、イチかバチか打って出ることにした。異世界で氏子うじこを獲得しよう、とな」

「あ、ああ……そういうことですか」

「それにちょうど、知り合いの異郷の神より適当な人物の斡旋あっせんを依頼されてもおってな。管轄しておる世界でなにか妙な事が起こっているからなんとかできる人間を紹介してくれ、とな。思えばマタギであるそなたなら適任じゃ」




 要するに、国内で食い詰めた町工場が活路を海外に見出すようなもんか。


 俺がそんなふうに理解すると、山神様は俺をまっすぐに見つめた。




「どうじゃ? そなたが転生先の世界でも山神である妾への信仰を広め、その他にも色々と妾たち神々のために働いてくれるというのならば、そなたを異世界に転生させてやろう。特別にオマケもつけて、な」




 異世界転生。


 その言葉に、俺は驚きながらも、少しワクワクする自分を発見していた。




「勿論、転生先の世界ではそれなりにやらねばならぬしんどいこともある。そう考えればここで仏にその後を任せ、輪廻転生りんねてんしょうの輪に戻るのもひとつの手じゃ。そなたが嫌だというのならば無理強いはせぬ。どうだ?」




 どうする? と俺は少し考えた。


 拒否権があるかどうかすら怪しいが、このままアッサリ死んでしまったのではいくらなんでも心残りだ。


 それに、マタギをこの世からなくさない――その爺ちゃんとの約束もある。


 俺は頷いた。




「異世界転生……本当に、そんな事ができるんですか?」

「妾は神じゃぞ。出来ぬことがあろうか」

「なら――お願いします」




 俺は大きく頭を下げた。




八十東峰姫命やそあずまねひめのみこと様――山神様。俺、爺ちゃんとの約束を果たしたいんです」




 俺は腹に力を込めて言い張った。




「この世からマタギの伝統をなくさないこと――それが爺ちゃんとの約束なんです。この世では果たせずじまいでしたけれど、俺、自分が頑張った事実まで、この世からなくしたくないんです。異世界でマタギをやる――爺ちゃんとの約束とは違うかも知れないけれど、どうか俺を異世界に送ってください」




 その言葉に、山神様が一層笑みを深くした。




「そういうところ、若い時の善治にそっくりじゃな……本当に、覚悟はあるか?」

「はい」

「ただならぬ険しき道があっても、決してくじけぬと誓えるか?」

「はい」

「そこでも獣を殺し、自分の糧とする生き方に誇りを持てるか?」

「はい」

「降りかかる火の粉は、己の手で払う――それはわかっておるな?」

「俺はマタギです。マタギは、鬼より強いからマタギです」




 俺は爺ちゃんに教わったマタギという言葉の由来を語った。




「鬼よりまた強いから叉鬼マタギ……俺は爺ちゃんの、善治スカリの孫です。そう簡単にやられたりしませんよ」




 俺のとっておきの啖呵に、ふふふ、と山神様は笑った。




「ならば、そなたを異世界に送ってやろう。特別に相棒付きで、な」

「は? 相棒――?」

「さぁ、もう口も目も閉じよ。善は急げ、そなたを転生させよう――」




 山神様が目の高さまで右手を挙げた瞬間、俺の足元が強く白く発光した。


 本当に異世界に行くんだ――俺は目を閉じ、強く強く、念じた。




「西根萬治――そなたの第二の人生に、どうか幸多からんことを……」







実はこの作品、2023年の秋ごろに書き出した物語となっております。


2023年といえば、全国で、特に我が故郷である東北地方でクマの異常出没が発生した年であり、

なんと我が家近郊では2頭のクマが捕殺され、合計して8回ぐらいクマの出没がありました。


その時に大いに世間を賑わしたのが「可哀想だからクマを殺すな」という論であります。


日本全土が襲い来るクマの襲撃に怯える中、歪んだ動物愛護精神と死生観とを振りかざした人々によって

次々と寄せられる苦情に二重に疲弊する故郷を見たとき、なんとなくこの小説を書き始めていました。


よろしくお付き合いくださいませ。



ということで、


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