異世界マタギ ~魔獣肉でジビエ料理作ってスローライフをしたいだけなのに周りが放っておいてくれない件。可哀想だから魔獣を殺すな? お前んところに魔獣送るぞ~

佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中

第1話死亡

『ジビエ食堂 マタギ』




 夜なべして作った看板を眺めながら、俺――西根萬治バンジは感無量のうめき声を上げた。




 やりたくもないサラリーマン生活を続けること五年。


 開業資金を貯め、経営を学び、ジビエ料理屋の修行バイトで料理の腕を極め。


 廃業した村の食堂を格安で買い取り、自前でDIYして、改装して――本日、遂に。


 俺は爺ちゃんとの約束であったジビエ食堂を開業する運びとなった。




 まるでそれ自体が輝いているようなケヤキの一枚板の看板を見上げながら、俺は感嘆した。




「爺ちゃん――俺、約束を守ったぜ」




 そう、俺が地上で最も尊敬していた人――西根善治ぜんじ


 この村で数百年の歴史を持つマタギ組の頭領スカリであった人。


 この辺鄙な寒村を獣の被害から守り続け、辛く厳しい秋田の自然に抗いながら、それでも誠実な人生を生きた人。


 そんな爺ちゃんは、三年前――俺が二十五歳のときに亡くなってしまった。




『この村から、マタギを無くさないでけろ』――。




 それが、病に冒された爺ちゃんの遺言だった。


 そう、マタギ。


 クマやシカを狩って生計を立てている、日本最後の狩猟集団。


 この秋田の山奥の寒村には、まだ独自の狩猟文化が生き続けていて、俺もその一人だ。




 成人するなり、鉄砲の免許を取得して、時間が許す限り山に入り続けて。


 みっちりと狩猟の訓練を積み、今では一人で山に入ってクマを狩れるまでに成長した。


 それと同時に始めた獣の解体や精肉作業、料理の腕も、周囲に太鼓判を捺される程。


 約束を守るべく、がむしゃらに山に入る俺を、マタギを引退した爺ちゃんは温かく見守っていてくれた。




 まぁ、そのせいで、いい歳した今でも結婚どころか彼女もいないのだけれど――。




 感動の後に湧いてきたそんなボヤきを、俺は頭を降って振り払った。


 今日はおめでたい日だ。個人的なボヤきなんてどうでもいい。


 それに俺だってまだ年寄りというわけではない。彼女なんてこれから考えればいい。




「そうだぜ、西根萬治」




 俺は自分に向かって言い聞かせた。




「お前の人生は、ようやく、ようやく今日ここから始まるんだ。焦っちゃいけないぜ、俺。今日がお前の人生の本当のスタートなんだから……」




 そんな風に思い、勇んだ気持ちで看板を見上げていた、その時。


 雪解けも間近になった地球が、この秋田の山の中に春一番を吹かせた。




 ビュオッ、と、強い風が吹き渡った、その瞬間。


 風の煽りを受けた看板が、ギシッ、と妙な音を立てた。




「ん――?」




 俺が眉間に皺を寄せた、その瞬間だった。


 メキッ、と音を立てて、看板がめくれ上がり。


 それが信じられない勢いで、その看板を作った張本人である俺に向かって吹っ飛んできた。




「えっ――!?」




 俺が目を見開き、逃げようと踵を返そうとした、その途端だった。


 なんの偶然なのか、空中で一回転したケヤキの無垢板の看板が微妙に角度を変えて。


 俺の――俺の後頭部に向かって、その角から激突してきた。




「アボッ――!」




 アボッ。間抜けなその一言が、自分が聞いた最後の言葉だった。


 地面に倒れ込んだ俺は、視界が四隅から急速に闇に沈んでいくのを自覚し――。


 その数秒後には意識を手放す羽目になった。







 え? 死んだ? 俺って死んだの?


 自分が手塩にかけて作った看板に裏切られ、頭をどつかれて?



 

 そう自覚したのは、気がついたら真っ黒な空間にいたときだった。


 上も、下もわからない。かろうじて足を乗せている床があるらしいが、視界は闇に吸い込まれたまま、どこが近くてどこが遠いかもわからない。




 ここは、死後の世界なのか。


 或いは単に気絶している今、夢を見ているだけなのかも――。


 そんな安易な期待にすがりつきたい気分でおろおろしていたときだった。




「おやおや、こんなに簡単に死ぬるとはのう――善治の孫が聞いて呆れるわ」




 不意に――甲高い女の声が聞こえて、俺はハッと背後を振り返った。


 そこには、珍妙、としか言えない出で立ちの女が立っていた。




 狩衣かりぎぬ――というのだろうか。まるで規模ある神社の巫女さんのような白い着物と赤いはかまの和装で、白い顔にはこれも平安貴族のような丸眉が乗っている。


 顔の造作的には平均より遥か上の美人と見えたが、毒々しいほど真っ赤に見える口紅を引いた唇は、色気よりも何故か強く不気味さを感じさせた。


 ぎょっ、と一瞬狼狽えてから、次の瞬間、俺は当然その人物にかけるべき第一声を発した。




「――だ、誰、ですか?」

「おやおや、誰だとは無礼な。そなたのことは何度も何度も危ないところから救ってやったじゃろうに。恩知らずなことよ――」

「救ってやった――? お、俺はあの、あなたから助けてもらった覚えとかないんですけど……。あ、あなた何者……?」

「この顔、この顔をよぉ見ぃ。そなたの家にもよう似た顔の絵が祭られておるじゃろうが」




 そう言って、女性は紅を引いた唇を歪めてにいっと笑い、自分の顔を指し示した。


 この顔、この顔に見覚え――?


 俺が目を凝らして見つめていると、あることに気がついた。




 確かに――この出で立ちには妙に見覚えがある。


 それも写真やテレビで見たものではない。


 そう、それは実家の床の間の上、マタギの家らしく、荘厳に飾り付けられた神棚の上。


 白い半紙に筆書きで描かれた――山神やまがみ様の御真影ごしんえいに、その女性の出で立ちはよく似ているような気がする。




「ま、まさか――山の神様――?」




 思わず半信半疑で口にした俺に、女性はニヤリとばかりに、壮絶に妖艶な笑みで笑った。




「ようやく気づいたか。そうとも、妾こそはそなたらが住まいを為す周辺の村々にある山を治める大山祇おおやますみ八十やそ東峯あずまねひめのみことなり」




 いや、急に現れて神様だなんだって言われても――。


 まさか肯定されるとも思っていなかった俺は、びっくりするとか、その威厳に恐れをなして平伏するとかするより先に、ただただ大いに戸惑ってしまった。




「か、神様って――! そんなこと突然言われても信じられません! あの、ここはどこですか!? 俺、あの後どうなって、今後どうなるんですか!?」

「どうなった、とは、わかっておるじゃろうに。そなたは死んだ。落ちてきた看板に頭を一撃されて死によったわ」




 えぇ、まさかアレで俺の人生終わり――!?


 あんまりにも呆気なく、そして間抜けな死に様に、俺は嘆くよりも先に呆れてしまった。


 その呆れが伝わったのか、目の前の自称山の神様も大いに呆れた表情になった。




「アレが山の中での出来事ならば妾もどうにか出来たんじゃがのう。里での出来事ならば管轄が産土神うぶすながみになってしまう。残念ながら妾ももうどうしようもない。全く、善治の孫ともあろう男が、こんな呆気なく死ぬるとは――」

「ぜ、善治……? それって俺の祖父の、西根善治のことですか?」

「それ以外に誰がおろうか。そなたは知らんじゃろうがな、アレは若い頃はそれはそれはよい男じゃった。若い頃は夢の中で何度も肌を合わせたものよ。お互い文字通りに無我夢中で――」




 ポポッと、山神様の頬が紅色に染まった。


 ええ!? 爺ちゃん、この山神様と浮気してたのかよ――!?


 俺が絶句すると、ムッ、と山神様が俺を睨んだ。




「あくまで、夢の中の話、じゃ。何を下賤なことを考えておる」

「げっ、下賤なのはそっちじゃないですか! 爺ちゃんをたぶらかしたんですか!? 真面目な爺ちゃんだったんですよ!」

「何も。これも供物くもつのひとつである。妾は好色こうしょくじゃと聞いておるじゃろうが」




 それは――確かにその通りだ。


 伝統的にマタギの間で山神様というものは大変に好色な女性で、しかも非常に嫉妬深い醜女しこめだと言われている。


 目の前の人が神様であるならば、とりあえず醜女というのは大きな間違いだが、ほかは当たっていそうである。




「ふむ……本来ならばそなたのその後のことは妾たちではなくて仏の仕事じゃ。しかし、そなたがあの善治の孫となると簡単に捨て置けんのう……何しろ、善治は事あるごとに妾にそなたの健やかな成長を祈っておったからな……」




 爺ちゃん……浮気はしていても俺のことは忘れてなかったんだ。


 少しじーんとしてしまった俺を捨て置いたまま、山神様は難しい顔をした。




「しかしといって、死んでしまったものを生き返らせるのはいくら神といえどことわりに反する……そこでじゃ」




 山神様は俺の顔を見つめ、薄く笑った。


 その笑みに気圧されるものを感じた瞬間、山神様は意外なことを口にした。




「やってみるか? 異世界転生」







実はこの作品、2023年の秋ごろに書き出した物語となっております。


2023年といえば、全国で、特に我が故郷である東北地方でクマの異常出没が発生した年であり、

なんと我が家近郊では2頭のクマが捕殺され、合計して8回ぐらいクマの出没がありました。


その時に大いに世間を賑わしたのが「可哀想だからクマを殺すな」という論であります。


日本全土が襲い来るクマの襲撃に怯える中、歪んだ動物愛護精神と死生観とを振りかざした人々によって

次々と寄せられる苦情に二重に疲弊する故郷を見たとき、なんとなくこの小説を書き始めていました。


よろしくお付き合いくださいませ。



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