【短編版】宣託の乙女
雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐
宣託
彼女は
「私が宣託なんてしなければ……。いっそ、私が産まれなければ、世界はこうはならなかったのに」
クラリスは綺麗な瞳から流れ出る涙を拭くこともなく、ただただ流す。
「クラリス、そんなことはない。君がいたから、今の僕があるんだ。産まれなければ良かったなんて考えないで」僕は精一杯の言葉で慰める。
しかし、僕は思っていた。クラリスが産まれたのは喜ばしいことだ。問題は彼女を使ってお告げをした神様が悪いのだ。
神様がお告げさえしなければ、僕とクラリスの運命は華やかなものだったに違いない。僕たちの運命の歯車は狂い出したのだ。あの日を境に。
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「ジャン、早く来てよ! もうすぐ、私が見つけた秘密の花畑に着くよ!」
「クラリス、待ってよー」
相変わらず、クラリスが歩くスピードは速い。
僕はへとへとになりながら、なだらかな坂道を登っていた。あとどれくらいで、目的地に着くのだろうか。クラリスの「もう少し」は僕にとっては「かなり距離がある」を意味する。僕は彼女ほど元気いっぱいではないから。
それからしばらく歩き、丘の頂上に登った時だった。僕の目の前に素晴らしい花畑が広がったのは。楽園という言葉が相応しいだろう。
「ジャン、私の秘密のお花畑を見た感想は?」
クラリスが無邪気な笑顔を見せながら僕に問いかける。僕は素直に「素敵だ」と答えた。花畑だけじゃない。クラリスの笑顔も素敵だ。
「いけない、もうすぐお昼の時間だわ! もし、時間までに戻らなかったら、お母さまに怒られちゃう!」
「ねぇ、クラリス。もしかして、ここから走って帰るの?」
僕は嫌な予感がした。
「当たり前よ! さあ、村まで競争よ。用意、ドン」
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村までの徒競走は僕の惨敗に終わった。分かりきってはいたけれども。運動が苦手な僕がクラリスに勝ったことは、一度もないのだから。
「じゃあ、お昼を食べたら、今度は森へ行きましょう!」
クラリスは張り切っているが、残念ながら僕にそのエネルギーはない。
村の中をふと見ると、婦人たちが井戸端会議をしていた。クラリスのお母さんもいる。
「ねえ、奥さん。最近の懐事情はどう?」
「分かりきった話じゃない。厳しいに決まってるでしょう。どこの家もそうだわ」
「領主のルイ様が親フランス派でなければ、イングランドからの羊毛の輸出は止まらなかったのに」
子どもの僕でも分かる。最近、フランスとイングランドは仲が悪い。いや、悪いどころか、いつ戦争が起きてもおかしくない。
この村は毛織物工業で栄えている。それなのに、肝心な羊毛が来ないのだから、村民は困っているのだ。
「あら、ジャンじゃない。両親がいなくて大変ねぇ」
井戸端会議を終えたクラリスのお母さんが心配そうに問いかけてきた。僕の両親は毎日他の村に行っては稼いで、なんとか暮らしている。
「今日もお昼を一緒にどうかしら? 一人じゃ大変でしょう?」
僕はこくん、と首を縦に振る。好意に甘えよう。日中を一人で暮らすのは限界がある。それに、お邪魔すれば、クラリスと一緒にいる時間が長くなる。一石二鳥だ。
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「へぇ、秘密の花畑ねぇ。今度は私に見せておくれ」とクラリスのお母さん。
「うん!」
クラリスはお母さんにも花畑を見せるのか。僕は二人の秘密にしていたかった。想いを寄せる人との秘密。それは、二人の関係を強くしたに違いない。
そんなことを考えている時だった。クラリスの様子がおかしくなったのは。彼女はうなだれると、いつもとは違う声でこう言った。
「フランスとイギリスとの間で百年に及ぶ戦争が起きるであろう。勝利の栄光を掴むのは――」
そこまで言うと、クラリスは頭を上げて、「私、一瞬寝ちゃったみたい」と微笑んだ。
「クラリス、今君は――」
僕の言葉をクラリスのお母さんが遮る。
「ジャン、いいかい? 今のことは、この三人だけの秘密だよ? いいね?」
いつもは穏やかなクラリスのお母さんだけど、今回は違った。特に最後の一言はお願いというより、半分脅しだった。無理もないかもしれない。クラリスは今後のフランスとイングランドの関係を崩壊させかねないものだったから。
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家に帰る途中、僕は考えた。さっきの言葉は、いずれ誰かの耳に入る。その時、みんなはこう思うだろう。「クラリスがとんでもない宣託をしたらしい」と。
これまでも今回のようなことはあった。いつだったかは「明日、教会の神父さまが亡くなるだろう」といった宣託をした。そして、次の日に神父さまが亡くなった。クラリスの言葉通りに。いや、正確には違う。クラリスに取り憑いた神さまの言葉通りに。
今回は村の中の出来事ではない。いずれフィリップ国王の耳にも入って、戦争が始まるに違いない。もし、戦争が起こるなら、宣託を知っているフランス側が有利だ。
もし、噂が出回れば、僕とクラリスの関係は狂ってしまう。宣託をした少女と普通の男の子。僕は願った。この話が漏れ出ないことを。
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