第18話
リルザ様がなぜ心を閉ざしたのか、わたしは知らない。毒を盛られたことが原因だと言われているけれど、その詳細はわからない。
その彼を治すとか、原因をつきとめるとかは、あまり考えていない。どうでもいいわけではなくて、自分がなにも知らなさ過ぎて、考えるにも及んでいないというのが正直なところ。
ただ、とりあえず、わたしは子供のリルザ様が……リーゼがとってもかわいい。ここに長期間滞在するのは危険だと思うのだけど、リーゼがデイダラさんに武器術を教えてもらいたいのなら、やらせてあげたい。
デイダラさんになついているし、ほかの人達も、気のよさそうな感じだし。イデル殿も、出会いは乱暴だったけど、筋を通す人のように見える。
頼んでみようか。ここで当座の生活費と、旅費分を働かせてもらえないかって。
さっきのヤーニャの態度を深く考えず、わたしはそんなふうに考えていた。
おめでたいことに。
***
「どうして逃がしたりした!」
「す、すみません!」
部屋に近づいたところで、そんなやり取りが聞こえた。
怒っているのはイデル殿、謝っているのはヤーニャ。
ヤーニャが逃がした。……わたしのこと?
「すぐに探せ。リーゼでもいい、置いていったりはしないはずだ」
「はい!」
そのまま突っ立っていると、部屋からヤーニャが飛び出してきた。
わたしを見て、目を丸くする。
「クモさん!」
「ありがとう、ヤーニャ。イデル殿を呼んできてくれたのね」
ちょっと意地悪な笑顔になったのは、仕方がないってことにしてほしい。
そのまま、イデル殿を向く。
「こんにちは、イデル殿。お忙しいところ、ご足労頂きありがとうございます」
「いや……話があると、聞いたんだが」
「ええ。わたし達、そろそろ旅に戻ろうと思いまして、そのご報告を」
「頭の怪我は甘くみないほうがいい。あんたは二度も失神したじゃないか」
「ご心配、ありがとうございます。急ぐ旅なんです」
感謝を表して微笑み、頭を下げる。
中にはわずかだけど、わたし達の荷物がある。イデル殿の隣を抜けて部屋へ戻ろうとすると、腕をつかまれた。
「……悪いが、行かせるわけにはいかない」
「わたしとリーゼが、妹さん達の死の手がかりになると思っているなら、それは間違いです」
冷えたわたしの口調に、イデル殿が目を見開いた。金色のかかった緑の目。
「わたし達は本当に通りすがっただけ。なにも見ていません。犯人とはなんの関わりもないわ、あの日は、この国に来た2日めだったのよ」
彼の表情から、先ほどまでの取り繕おうとするそれが消えて、はっきりと疑いの色が浮かんだ。
「それが真実だとわかれば楽なんだがな」
「わたしとリーゼがどうやって馬車を転がして中の3人を殺したっていうの」
「共犯は? おまえ達をここで閉じ込めておけば、誰かが助けに来るかもしれない。おまえ達はこのあたりじゃ毛色が違いすぎてる」
あせって、小さく汗がにじんだ。返す言葉に詰まったのは、彼の言葉を認めたからじゃない。
きっと、彼にはなんの手がかりもないんだ。わたしとリーゼ以外に。
イデル殿は、本気でわたしやリーゼを犯人だとか考えているわけじゃない。でも、他に手がかりがないから、わたしとリーゼを手放すことができない。彼は、引けない。
イデル殿はわたしとリーゼの素性を徹底的に調べるかもしれない。
「ありもしない罪をずっと問われ続けろって言うの?」
「……そうだ。犯人が見つかれば解放する」
「あなただってばかばかしいと思っているんでしょう。わたし達は、」
ためらって、結局口にする。
「あなたの妹君を弔っただけ」
イデル殿の目が一瞬、頼りなく揺れた。でも、つかまれた腕の力はゆるまなかった。
そのままぐいぐいと引っ張られ、部屋に放りこまれる。
「出して!」
「あとでリーゼも一緒に入れてやる」
がちゃり、重たい錠のかかる音がした。まさかそんなのがこの扉についてたなんて、わたしはまったく気づいていなかった。
***
やってみなとうながされ、リーゼが見せた動きは、デイダラを驚かせるのに十分なものだった。
「なんだ、リーゼ。おまえ、前はなにやってたんだい」
「なに、って?」
「よく見たら、体もちゃんとできてるんじゃないか。ちぃっと痩せすぎだが……おまえさん、青の戦士だったのかな」
「おれ、せんしじゃないよ」
「そうかい? でも戦ってたこと、あるんだろう?」
「まだ、ないよ。父上は13になったら連れていくって言ってた」
デイダラは、そうかい、とうなずく。それでもリーゼが何がしかの戦いを経てきた事に、疑う余地はなかった。
命の奪い合いで、飲まれたのだろうか。白い闇は外から内から人を食む。
デーダラの弟もそうだった。優しくて、心の清い人間だった。
酒飲みの父を殺して、彼は壊れた。あれだけ父に殴られていた母が、父を殺しておびえる幼い弟を憎悪し、罵倒した声を、忘れることができない。あの時、母が別の言葉を弟にかけていたなら、結末は違っていただろうとデイダラは今でも信じている。
父を殺す前の自分でいようと、弟はずっと子供のままだった。おととし事故で死んだが、30の半ばを過ぎても、指をしゃぶるクセがあった。
「おまえもなにか、つらいことがあったんだろうなあ」
リーゼは何の反応も見せず、新しい武器の練習に心を向けたまま。デイダラは苦笑いを落とした。聞こえていないはずがないが、聞こえていないのだろう。
今ここで、リーゼに、おまえは13歳などとっくに過ぎているし、戦場へ出たことのある人間だと告げたとしても、彼はまるで知らない国の言葉を聞いたかのように扱うだろう。弟に鏡を見せても、子供ではない自分の姿に疑念を持たなかったことを思い出す。
伝えたい言葉はたくさんあった。それは弟に伝え切れなかった無数の想いと相まっている。
けれど、デイダラは口をつぐみ、かわりに違う型を見せてやった。リーゼは一切の動きを止め、息を詰めてデイダラに見入っていた。
「リーゼ!」
屋敷の主の声が響いた。
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