亡くなった筈の息子と天国へ

すどう零

第1話 息子を殺された母親に意外な出会い

 今日もまた眠れない日々が続く。

 私の名はより子。ちょっぴり古風な名前でしょう。

 私には一人息子がいたの。 

 名前は勇太っていうんだけどね。

 私の息子である勇太は、ある日、街の不良から殺害されてしまった。

 何が原因なのか、今もってわからない。

 勿論、勇太はいわゆる不良グループに属していたわけではない。

 殺害される一時間前まで、身体にあざをつくりながらも、私にジャムトーストを勧めてくれた心優しい勇太に、なぜこのような悲劇が起こったのだろう。

 この世には、神も仏もあるものか。

 

 もちろん私は、犯人に復讐を考えたわ。

 しかし、実行できる筈がない。

 愛する息子を奪われた悲しみは、酒で紛らわすしかないのよ。

 弱い母親だと思われても仕方がない。

 私は、愛する息子を奪われた今、アルコール依存症になってしまった。

 

 より子は医者からドクターストップがかかっているのにも関わらず、ライトビールを飲み始めた。

 焼酎のようなアルコール度の強い酒だと、もう頭がフラフラになって自暴自棄になってしまうということが分っているので、その歯止めのためである。

 酔えば酔うほど、息子に対する未練と犯人に対する復讐心が増すばかりだった。

 

 つい先週、出会い系アプリで知り合った男から、金を借りてしまった。

 三日後、借りた額はきっちり返却した筈。

 しかし、その後もその男は

「利子をつけて払え、それが当然だろう。このことはコンプライアンスでも認められていることである」ともっともらしいことを言って、ストーカーに変身してきたのだった。


 アパートの一室であるこの部屋にいるとその男が、見張っているようで落ち着かない。

 ライトビールの酔いを借りて、外の空気を浴びてこようとマンションの入口を出たところだった。

 案の定、あの男とばったり出会ってしまった。

 条件反射的に私は道路を駆け出そうとした。

 急に車が突っ込んできたが、車をよけることはできずに真っ逆さまに転び、サンダルが宙に舞った。


 その瞬間、黒の車から、ブルーのスーツ姿の女性が降りてきて、私に駆け寄り

「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。

 わざわざ車から降りて、私にいたわりの言葉をかけてくれたのだった。

 こんな体験は、初めてだったので、私はすっかり感激した。

 ブルーのスーツがよく似合う六十歳くらいの、なんとなく貫禄のある女性、もしかして只者ではないのかもしれない。

 普通は私のような赤ら顔の酔っ払い女など、関わりたくないと避けるて通るのが、都会の人の常なのに。

 それとも、この女性はそういった場面に慣れているのであろうか。

 いや、もしかして、この女性自身が過去にそうだったかもしれないなんて、勝手な想像を巡らした。


「大丈夫です。転んだだけです。大したことありませんよ」

と答えて立ち去ろうとすると、その女性は

「あなたは、誰かにストーカーされてるんじゃないですか?

 帰るところはあるの?」

 えっ、どうしてそんなことがわかるんだろう?

 もしかして、ストーカー男性の知り合いなのかな?

 それとも、ストーカー男性とグルになって、私をストーカーしようとしているのだろうか?

 そんな暗い想像を巡らしていると、ブルーのスーツ姿の女性はそんな私の窮状を察したように

「あなた、酒臭いわよ。お風呂にも入ってないんじゃない。

 取り合えず、私の部屋に来なさい」

 もしかしてこんな私を、衆人環視の目にさらしたくないと気遣ってくれているのだろうか。

 都会はこういった酒に酔った女性を、金にしようと企む輩は山のようにいる。

 一見親切そうな甘い口調で近づいてきて、金にしようとする。

 しかし、一度でもその罠にはまったら、もう抜けることは不可能に近い。

 風俗で働く女性の給料の二割が、風俗関係のスカウトマンの手当てに回っているのだから、足を抜けようと思っても抜けることはまあ不可能である。


 私はそんな危険から逃れるように、その女性に身を任せようとした。

 その女性の有無をいわせぬ、貫禄のある態度に、圧倒されるかのように、誘われるまま車に同乗した。


 車の中は、クラシックのBGMが流れていて、落ち着く気分になった。

 さきほどの転んだことがまるで別世界のように、平静な気分になった。

 ブルーのスーツ姿の女性から名刺を頂いた。

「シェルターいつきー五木志乃」と明記されていた。

 五木志乃曰く

「このシェルターはDVやストーカーに追われている女性を、三日間だけかくまおうとするところなの。

 代金は後払いで五千円よ。もしよければ利用して下さい」

 えっ、信じられない。まさにグッドタイミングである。

 それとも、五木志乃と名乗るブルーのスーツ姿の女性は、私のような不幸を抱えた行き場のない女性を探しているのだろうか?


 そうだとすれば、まさにグッドタイミングである。

 より子は、まるで条件反射のように五木志乃のシェルターに入る為、少々くたびれたバッグの中から五千円を支払った。

 ふと、暗闇の中から細く一筋の光が射し込むようで、私は未来を感じた。


 そんな私の気配を察したように志乃は、さっそくよりこをシェルターに連れて行った。

 表札には、五木志乃の表札が掲げられている、ワンルームマンションの二間だった。

「部屋の中には、パンとするめやおかきなど渇きものがあるけど、遠慮なく食べてね。でもお酒は厳禁よ。見つかった時点で退去してもらいますよ」

 まるで生活保護のようである。

 まあ、生活保護の場合は一度見つかると、民生委員から注意を受けるが、それ以降は生活保護も打ち切られるという。

 部屋に酒瓶が置いてあるだけで、疑われるという。

 アルコール依存症一歩手前のより子にとっては、厳しい言葉ではある。

「はい、わかりました」

 五木志乃は、納得したように頷き、部屋に鍵をかけた。

 あまり多くのことを聞き出すと、より子が傷つくと思ったのだろう。

とすると、五木志乃は過去に様々な心の傷を抱えた女性だったに違いない。

 窓を開けると、心地よい夜風が吹き込み、コンビニのネオンが輝いていた。


 もともとは下戸の筈のより子が、飲酒に走り出したのは三年前、中学二年の一人息子を殺害されたのがきっかけだった。

 地方から親戚を頼って、親一人子一人の家族であったが、やはり親戚はあてにならず、より子は昼も夜も働かなければ生活は苦しかった。

 昼は介護施設、夜はスナックで働いたが、それでも給料は決して高いものではなかった。

 より子の息子である勇太は、新しい学校にもすぐ馴染み、バスケットボール部の副キャプテンで陽気な人気者だった。勉強も中の上だった。

 しかし、より子がスナックで働くようになった三か月目、上客である彼氏を自宅に連れ込むようになってからは、勇太は夜、外出するようになっていった。

 近所の大きな公園で、一人バスケットボールの練習をするようになっていった。

 彼氏である中年男性ー悟志は、勇太の面倒をみていた。

 ときには、もっと勉強しなさいと厳しく叱り、ときには母親に内緒でこっそりお菓子を与える代わりに、競馬をしていることを母親に、内緒にしてくれという条件を出してきた。

 より子は大のギャンブル嫌いだったからである。

 より子の彼氏である悟志は、より子には内緒で競馬新聞を片手に、競馬の予想をしているかのように、ブツブツと独り言をつぶやいていた。

 この様子を、決してより子には見せず、悟志は勇太にきつく口留めをした。

 純朴な勇太は、母親に通告することはなかったが、同時に母親を裏切るようで辛かった。


 

 

 

 

 


 

 

 

 

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