第17話 聖女見習い、ミレディ
少女――ミレディ・ハティが名を名乗った時、リースペトラとケラスの反応は真っ二つに分かれた。
「せい……じょ?」
聞きなれない言葉を口の中で転がしながら首をかしげるリースペトラ。
「聖女だと!?」
S級の魔物であっても逃げてしまいそうなほどの圧を醸しながらミレディに詰め寄るケラス。
ミレディはケラスに気圧されてビクッと体を震わせるも、後ずさるようなことはせずその場に留まった。
ケラスが放つ圧はリースペトラであってもほんの少しは意識するほど。それを受けて立っていられる時点でミレディも中々豪胆である。
リースペトラは珍しい姿を見せるケラスを面白がりつつ、そう思った。
「せ、正確には聖女見習いです。まだまだ聖女様の足元には及びません」
ミレディは言葉をつっかえながらもしっかりと訂正し、ケラスを見上げる。リースペトラと同じくらいの身長であるミレディにケラスが迫る図は中々に犯罪的だ。
はたから見ていて気が付いたリースペトラはケラスの服の裾を掴んで引っ張ると、自分の隣に引き寄せる。
「落ち着け落ち着け。ただでさえ大男で威圧感があるのに、詰め寄られたら怖くてかなわんだろ」
「……何?」
ケラスは不機嫌そうに眉を顰めてリースペトラを見る。しかし、リースペトラがケラスではなくミレディに目を合わせると、ミレディは静かにコクコクと頷いた。
リースペトラは正直で純粋そうなミレディの反応に笑みを深くすると、ケラスを見て一言。
「今、こ奴も頷いていたぞ。しっかりと反省しろ」
「あぁっ、何で言ってしまうんですか!」
ミレディはリースペトラに詰め寄ると、リースペトラの両手を掴んで抗議するように上下に振った。
リースペトラは首をガクガクさせながらも、こともなげに語りだす。
「自覚させてやろうと思ってな。黙ってると怖い、だが急に近づいても怖い」
「で、でもっ、今の言葉の所為でもっと怖い顔になってますぅ! わ、私っ、もう膝が……あ」
ミレディはリースペトラの説明に納得できずさらに言い募るが、途中で己の失言に気が付いたようだ。言葉尻をすぼめると、顔のパーツが面白い形で固まったままゆっくりとケラスを見る。
そこにあったのは二人を見下ろす険しい表情。リースペトラは面白そうに目を細めるが、反対にミレディは「ひょぉ……」と口から変な空気が漏れ出し始めた。
ミレディのその姿を見てリースペトラは「面白い女……」と感じつつ、優しくミレディの肩を抱く。
「大丈夫だ。今も怖い顔をしてるが、少しだけ言われたことを気にしているようにも見える。意外と優しいやつだからな」
リースペトラが穏やかな感情を瞳に湛えて言うと、ケラスは鼻を鳴らしながら目をそらした。
そのやり取りを震えながら見ていたミレディはゆっくりと息を吸い込み、同時に漏れ出ていた何かを取り戻したのか表情から緊張が無くなっていく。
それに目ざとく気が付いたリースペトラが笑った。
「リラックスできたようだな。それに、お主も落ち着いたか?」
リースペトラがケラスに水を向けると、ケラスは不本意そうではあるが小さく頷く。
「よし、早速だが前線基地に戻ろう。仲間たちにもそこで会えるかもしれないしな」
リースペトラの言葉にミレディが表情を明るくさせる。疲労こそ見えていたが、気力は残っているようだ。
もしかすると死にかけたことによる一時的な興奮状態かもしれないが、そうであっても都合が良い。極論だが、弱くても気をしっかり持っているならば強いのだ。そういう奴は何でもできる、極論だが。
ケラスは剣士として積み重ねた戦闘経験からそんなことを考えつついると、こちらを気遣わし気に見てくるリースペトラと目が合った。
「その、すまんな。ジェスの依頼を無視する形になってしまって」
リースペトラが申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にすると、ケラスは目をパチクリとさせた。
はたから見るとただの瞬きだが、ケラスにとっては驚きの表現である。先ほどが珍しすぎただけで。
「や、やっぱり私……」
ミレディはリースペトラの言葉から先ほどの「帰り道」が嘘であると気が付いたようだ。そして自身の所為で予定を狂わせてしまったと考えたのである。
魔物に襲われて命の危機に瀕し、だが目の前に仲間との再会がぶら下がっている状態。それにも関わらずこの言動。
自己犠牲というか、大人らしいというか、このような状況でなければ尊敬の念を抱きそうだ。その方向は危なげではあるのだが。とケラスは思った。
「本当は、」
しかし、ケラスはミレディの言葉を遮るように口を開く。
「本当は、依頼を優先したい」
ケラスの言葉にミレディは様々な感情が混ざったような顔をする。
「……申し訳ありません。先ほど出会ったばかりのお二人にとっては迷惑な話であると理解しています」
ミレディはケラスに言い募ろうと口を開いたリースペトラを右手で制してから言う。ケラスはそんなミレディを見て頷いた。
「ここでは自己責任が原則だ。冷たいようにも思えるかもしれないが、誰彼構わず手を差し伸べてしまえば俺たちが死にかねない。だからそうする気はない」
死、という言葉にミレディが息をのむ。
それを確認したケラスは続けて口を開いた。
「そんなことをする奴はよほどの馬鹿だ。もしくは神に匹敵するくらいの圧倒的強者くらいだろう。だが、俺はそうじゃない」
ケラスはそこで一度言葉を区切ると、ほんの一瞬だけリースペトラを見た。驚きと困惑、少しの憤りを持った瞳に射抜かれるも、構わずミレディに視線を戻す。
「だから契約だ。依頼を終えてからなら前線基地まで護衛してやる」
ケラスはぶっきらぼうな態度を崩さず、先ほど倒した三体の魔物を指さした。
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