第6話 決闘の合図
決闘と宣言したカルミアはリースペトラをまっすぐ見据えたまま、背中に差していた杖を抜き、その先端をリースペトラに向けた。
カルミアがやっているのは決闘を申し込む時の合図。魔法使いなら杖の先端を、剣士ならば柄を相手に示し、決闘を申し込まれたものが己の武器を触れさせた場合、決闘が成立する。
連綿と続く人の歴史の中で、決闘は幾度となく行われている。己の尊厳を、仲間の意地を、様々なモノをかけて戦い、勝者と敗者が生まれ、積み重なってきたのだ。
勝った者は勝利を嚙み締め、負けた者は地に伏せむせび泣く。時には命を失うことさえあった。
決闘とは己の誇りをかけた戦い。いや、命さえもチップにする苛烈を極めたものなのだ。
「……お主、それは本気か?」
リースペトラは目つきを鋭くし、首だけをカルミアに向ける。
青年は今までのリースペトラの調子づいた雰囲気が消えたのを察すると同時に、森の中で増大したリースペトラの圧を感じた時のことを思い出した。
今のリースペトラはあの時に近い。
青年は隣に座りながら、俺の鼻を明かした魔法を目の前で見ることができるのか、と期待で胸を膨らませる。
青年はぶっきらぼうな口調と険しい表情の陰に、向上心と負けず嫌いな性格を隠していたのだ。
「えぇ、もちろんです。私と戦いなさい、リースペトラ」
リースペトラの問いに間を開けず答えたカルミア。その反応の速さにリースペトラは目を細めると、口の端をニッと上げて見せた。
「死んでも責めてくれるなよ。お主らもよいか?」
リースペトラはカルミア、そして後ろにいるカルミアの仲間たちに言う。しかし、表情の動かないシルヴィアは別として、弓使いと斧使いが微妙な表情を見せた。
リースペトラはその様子を疑問に思ったが、すぐに問題は解決することに。
「リースペトラさん、決闘では保護魔法をかけますから死にはしませんよ」
いつの間にかリースペトラの横に立っていたジェスが青年に果実水を差し出しながらそう言ったからだ。
ジェスは青年の「ありがとう」を受け取ると、続けてリースペトラとカルミアを交互に見た。
「このジェス・ストーン、ギルド職員として責任を以って決闘の進行を行わせていただきます」
ジェスの宣言に対し、リースペトラは青年に視線をやった。それを受けた青年が頷く。
「ジェスに任せておけば問題ない。後でトラブルになることはないだろう」
リースペトラが「そういうものか」と納得すると、続いてシルヴィアが前に出てくる。
「
胸を張り、背筋を伸ばしたシルヴィアが凛とした声を響かせる。
「シルヴィア様!」
「よろしく頼む」
弾んだ声でカルミアがそう言う中、シルヴィアとリースペトラの視線が交錯した。
完全に日が落ち切った前線基地には既に闇が降りている。しかし、至る所に設置されたランプが闇を跳ね返し、体と心を休める冒険者たちの拠り所となっていた。
ある者は食事で英気を養い明日に備え、またある者は仲間と酒を酌み交わし交流を深めている。
そんな様々な目的を持った者がギルドに集まっている中、更けた夜に飛び切りのイベントが立ち起こった。
ギルドを出て向かい、特に何も置かれていないただの空間。ギルドに集まる者たちが便宜上広場として扱っているそこに対峙する二人の女。
そして二人を囲むようにして広がり盛り上がっている男女の集団。
目を引くその組み合わせは人を呼び、呼ばれた者の存在がまた人を呼ぶ。
カルミアがリースペトラに決闘を申し込んでから五分と少し、既に前線基地にいる者たちの約三割が広場に集まってきていた。
「おいおい、決闘だって?」
「こりゃいい酒の肴になるぞ」
「一体誰が――おぉ、レクトシルヴァのカルミアか?」
「そうそう。こりゃ楽しみだ」
「カルミアのお相手は……誰だ? 見ない顔だが」
「ケラスの野郎が連れてきたらしいぞ。なんとパーティメンバーだそうで」
「なに!? あのケラスがソロをやめるのか!?」
「おぅおぅ、ここにはこんなに人がいたのだな」
ざわざわとうるさい広場にて、自身に好奇の視線が注がれているにもかかわらず、随分と落ち着いた雰囲気のリースペトラ。
向かいでリースペトラに対する感情を隠さないカルミアには少しの緊張が滲んでおり、対照的な様相を作り出している。
そのカルミアは薄く息を吐くと、リースペトラに向けて杖を突き付けた。
「随分と気を抜いていますね。舐められているのかと思うと、心外です」
その様子を見た観衆からどっと歓声が上がる。夜の冒険者どもは娯楽に飢えているな、とリースペトラは思った。
続けてリースペトラはニヤリとした笑みをカルミアに返す。
「そりゃぁもう。保護魔法と言ったか? 命をかけない決闘のなどただの遊びに等しいからな」
リースペトラの挑発ともとれる言葉にカルミアが表情を怒りに染めた。しかし、続く言葉は場を囃し立てる観衆の声にかき消されてしまう。
冒険者は娯楽と荒事が大好きなのである。
そんな中、ジェスとシルヴィアが対峙する二人の前にやってくると、騒がしい観衆に負けないよう大きく声を張り上げた。
「ギルド職員、ジェス・ストーンが決闘の進行を!」
「
二人はそう宣言すると、リースペトラとカルミアから離れて広場の端へ。四人の位置で正方形が出来上がる。
「では、決闘の前に保護魔法をかけさせていただきます」
ジェスは二人を見てから言うと、呪文の詠唱を開始した。
リースペトラはその様子をしっかりと観察している。広場の端で見物することにした青年だけはそのことに気が付いた。
「……ふむ?」
ジェスが詠唱を終えて口を閉じると同時、リースペトラは自身を包み込む魔力の存在を感じ取った。
リースペトラはその魔力の性質を読み取り、これが保護魔法であると理解すると、ジェスの「よろしいですか?」の言葉に首肯を返す。
続いて「問題ありません」と答えたカルミアがリースペトラを睨む。
「……杖を出してください。あなたは遊びと言いましたが、決闘はそんなものではありませんよ」
「我が杖を
大きく眉を顰めるカルミアの視線をものともせず、リースペトラはあくまで自然体のまま、蒼い瞳でカルミアを射抜いた。
そんな二人の様子を見届けたシルヴィアが頷きジェスに合図を送る。それを受けたジェスは息を深く吸い込み、声を張り上げた。
「それでは、始め!」
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