第5話 白銀挑望景

「レクトシルヴァ?」


「実力派パーティで、前線支部のエースです。この森の前線の三割は彼らが押し上げていると言っても過言ではありません。あと、私の得意先でもあります」

 酒など最初から飲んでいなかったと言われても信じてしまうくらいにははっきりとした声色のジェス。


 リースペトラはその変化に気圧されながらも「なるほど」と相槌を打った。


「ケラスさんは凄腕ですからね。今までもソロを貫いていましたが、常に勧誘を受けてきた人気者です」

 ジェスはそこで一度言葉を区切ると、「なので」と前おいて続ける。


「急にリースペトラさんを連れてきたときは何事かと思いました。まさか、あのケラスさんに発情期がやってきたのかと」


 青年を魔物と捉えているような言い方のジェスに対し、リースペトラは軽く笑う。


「あながち、間違いではないかもしれないぞ?」

 リースペトラはそれだけ言うと、色めき立つジェスを置いて青年の元へ。


 ギルドは二階建ての立派な建物だが、一般の冒険者が立ち入れる場所はこのロビーのみ。広さはそこまで大きくなく、リースペトラが登録をしている間青年が座ることにしたテーブルはすぐそこだ。


 なのでリースペトラが青年の元に向かうまでも会話がしっかりと聞こえてくるし、様子も窺える。


 青年の前にいるのは杖を背負った少女が一人、女騎士、男の弓使いと斧使いだろうか。


 そして青年の向かいでテーブルに前のめりの少女がおそらくグラスを落としたのだろう。リースペトラは青年の足元に広がるグラスの破片を見てそう判断する。


「ケラス様はソロじゃもったいない方です! 私たちと一緒にこの森を攻略しましょう!」


「悪いな、カルミア。俺はお前たちと組むつもりはない」 


「――っ、でも!」


 カルミアは少々独善的な思考を持っているようだ。しかし、外見からしてまだ成人していない彼女が持っていてもおかしくない考え方。


 ジェスによれば彼らは実力派のパーティだ。増長も少し納得出来よう。


 リースペトラはそんなことを考えつつ、あくまで自然を装って青年の隣の椅子を引いた。


「お主、こやつらは?」

 これ見よがしに腕を組んで座ったリースペトラが言うと、青年を含め五人の視線が集まった。


 青年は「面倒事になったかもしれん」と言いたげに目を閉じるが、すぐに口を開く。


「S級パーティのレクトシルヴァだ。今は俺が勧誘を受けている状態だな」

 青年が言うと、カルミアの後ろに立っていた騎士が「シルヴィアだ、よろしく頼む」とリースペトラに名乗ってくれた。


 それを受けて弓使いと斧使いも会釈をしてくれる。しかし、カルミアは不審者を見るような目つきを隠さずリースペトラに浴びせかけた。


「我はリースペトラ、よろしく頼む」

 リースペトラが名乗ると、シルヴィアだけが眉をピクリと動かした。それに目ざとく気づいたリースペトラが微笑みかけるも、シルヴィアは口を閉ざしたまま。


 一方、カルミアはさらに言葉を重ねる。


「あなたの名前など関係ありません! 私たちは今、この森に関わる大事な話をしているのです!」

 

「大事な話とは?」

 言い募るカルミアの勢いをどこ吹く風と流したリースペトラが問えば、カルミアの言葉により熱が帯びる。


「ケラス様が私たちの仲間になれば、この森の攻略がさらに進みます! そうなれば助かる命がいくつもあるんです。関係ない方は黙っていてください!」


「なるほどな、それはそれは大事な話だ」


「だったら――」


「我にも関係ある話だな。我、今日から此奴こやつとパーティを組むことになったのだ。引き抜きは困るなぁ」

 リースペトラの声がやけにギルド内に響く。青年はそれに違和感を覚えたが、続く言葉はかき消されることになった。


「ケラスがパーティを組むだって!?」

 と驚き立ち上がる男がいれば、


「そりゃ一大事じゃねぇか!」

 椅子の上でビクついて酒をこぼす男もいた。


「明日は魔物の襲撃があるかもしれん……」

 真面目な顔で明日を憂う老戦士も、


「私、仲間に伝えてくるわ!」

 甲高い声を響かせてギルドを出ていく盗賊風の女も、


 それぞれがそれぞれで衝撃を受け、リースペトラたちのテーブルに視線が集中したのだ。


 にわかに騒がしくなったギルド内。その勢いにうろたえるカルミアを尻目にリースペトラは笑いをこぼすと、人差し指をくるっと振って魔法を行使。


 すると、青年の足元に落ちていたグラスの破片がふわりと浮かび上がったではないか。しかもグラスと一緒にこぼれていた飲料も同様。


 それに気が付いた青年とシルヴィアが唖然とする中、その現象はさらに続く。


 グラスの破片と飲料がリースペトラの前に移動。再びリースペトラが人差し指を振ると、それらがひと固まりに集結、続けてに戻った。


「上出来だな」

 リースペトラは満足そうに微笑み、グラスに口を付けた。味わうようにゆっくりと嚥下する。


「おいしい果実水だな。お主、酒が飲めないのか?」


「まぁ、得意ではない。それに一人だと飲む意味もあまりないだろう」

 青年は肩をすくめて言うと、そばを通りかかったスタッフに声をかけて追加の果実水を注文。


 それを見たリースペトラはテーブルに頬杖をつくと、蒼い瞳で青年を射抜いた。


「これからは我がいるのだ。たまには一緒に酒を飲もう」

 その言葉に青年が固まり、周りの面々……特に酔っぱらった男どもがはやし立てるように騒ぎ始める。


 その様子に硬直の解けた青年が疲れを隠さず顔に表す。リースペトラは青年の表情を窺ったのち、事前に発動していたを解除した。


 リースペトラは「これで我たちの関係を流布することが出来た」と計画の成功を喜び、内心で一人ごちる。


「それに、一石二鳥とはこのことか」

 と、クツクツ笑いを隠せない。


 ダンッ!

 

 突如、そんな鈍い音をリースペトラの耳が捉えた。


「……納得いきません」

 空気に置いてけぼりにされていたカルミアが小さく呟く。


 リースペトラはそれで音の正体がカルミアのテーブルを叩いた音だと気が付いた。


「カルミア」

 青年が席を立ち、珍しく気づかわし気な声色で声をかける。しかし、カルミアはまっすぐリースペトラを睨むと、人差し指を突き付けた。


「リースペトラ、私はあなたに決闘を申し込みます!」

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