彼女と幼馴染と

夜が更け、病室は静寂に包まれる。白玖が帰った後も、輝の心は穏やかではなかった。彼は何度も自問自答を繰り返し、眠れぬ夜を過ごした。翌朝、白玖が再び病室を訪れると、輝は何とか普通の顔を装った。


「おはよう、白玖。今日はどんな日にする?」

輝は明るく話しかけたが、内心では彼女の顔をじっと見ようとした。もちろん、彼にはただぼやけた顔が返ってくるだけだった。


白玖は彼の隣に座り、彼の手を握って笑顔で答えた。

「今日は一緒に音楽を聴こうよ。輝が好きなバンドの新曲が出たから。」


音楽を聴くことは、輝にとって一時的な救いだった。顔が見えなくても、彼女の声、彼女の笑い声、そして彼女の存在を感じることができたからだ。しかし、彼の心の奥底では、この状況がどのように進展するのか、不安でいっぱいだった。


輝はこの困難にどう立ち向かうか、まだ答えを見つけられずにいた。

白玖が帰った後、病院の静寂が一段と深まる中、輝はベッドに横たわり、窓の外を眺めていた。夕暮れ時の光がゆっくりと部屋に差し込み、静かな病室に温もりを加える。そんな中、宇都美が静かに部屋に入ってきた。彼女は輝の病室のドアをそっと開け、優しい声で挨拶した。


「輝、少し遅くなっちゃったけど、来てみたよ。大丈夫?」

宇都美の声にはいつもの明るさが満ちており、その声を聞くだけで輝の心はほっと落ち着いた。


「宇都美、ありがとう。来てくれて嬉しいよ。」

輝は微笑みを返し、彼女の存在がどれだけ心地よいかを改めて感じた。


宇都美は輝のベッドサイドに近づき、手に持っていた小さな袋から手作りのクッキーを取り出した。

「これ、焼いてきたんだ。少しでも輝の気分が晴れるといいなって。」


輝はクッキーを受け取りながら、彼女の顔を見ようとしたが、相貌失認の影響で彼女の顔の詳細は捉えられない。しかし、彼女の声の温かさと、手のぬくもりが彼に安心感を与えた。宇都美と一緒にいると、彼は病気のことを少し忘れられるような気がした。


「いつも思うけど、宇都美の手作りは本当に美味しいよ。」

輝がクッキーを一口かじりながら言った。


宇都美は輝の言葉に笑顔を見せ、

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ。」

と応えた。彼女は輝の隣に座り、二人はしばらくの間、日常の話や楽しい思い出話で時間を過ごした。宇都美は輝の話を真剣に聞き、時には励まし、時には一緒に笑った。


宇都美との会話は、輝にとって非常に心地よく、彼は自分が抱える不安や孤独を少し忘れることができた。彼女は輝の状態を全て理解しているわけではないが、彼の心の支えであり続けてくれている。彼女の自然な優しさと気配りが、輝にとって大きな安堵となり、彼はこの難しい時期を乗り越える力を少しずつ取り戻していた。


宇都美が帰る時間が近づくと、輝は

「また来てくれる?」

と少し寂しげに尋ねた。宇都美は

「何言っているの。明日退院じゃない笑、退院に迎えに行こっか?」

と答え、彼女の言葉に輝は心から感謝した。


宇都美が部屋を後にした後、輝は窓の外を再び見つめながら、宇都美との会話を思い返し、彼女の優しさに改めて感謝した。宇都美との居心地の良い時間が、彼の病気と向き合う勇気をくれることを、輝は深く感じていた。

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