2‐14 黒髪の少年と護衛の男
「それではおやすみなさい」
あの後タリダスはあっさりしたもので、部屋に送りますとユウタをエスコートした。まだ夢心地のまま、ユウタはタリダスの後ろを歩く。
部屋に到着して、扉を開け、彼がユウタを中に誘導する。ふっと顔が近づいてユウタは身構えてしまった。タリダスは微笑み、額にキスを落とす。そうして明日午前中迎えに来ると言って部屋を去った。
ユウタはへなへなとその場に座り込んでしまった。
キスされたのは初めてではない。
アルローの時は当然だ。経験も豊富だ。
ユウタの人生でも親戚の叔父や叔母に強引にされたことがあった。
さすがに舌まで入れてくるものはいなかったが。
ユウタは唇を押さえてしまった。それから額を。
「……タリダス?」
☆
「やってしまった」
何食わぬ顔で自室にへ戻ったタリダスは、ベッドの端に座り込んで頭を抱える。
自分から離れていくと思うと体が動いていた。
腕の中でもがくユウタを見ていると、奪いたくなった。
「私は、あの男じゃないのに。だけど、ユータ様は拒否されなかった」
抱きしめたときは逃れなれなかったはずだが、口づけは合意としか思えなかった。
絡みつく舌は彼に快楽をもたらせた。
タリダスは今更に顔を真っ赤に染めて片手で自分の顔を覆った。
☆
「どこにいく。アズ」
「あんたは、」
タリダスとユウタが二人で部屋に入っていくのを見届け、アズは自室に戻った。せっせと集めた乾燥したパンやソーセージを袋に詰めて、旅支度を整える。
ユウタはなぜかアズに構いたがる。
なぜではない。アズは理由を知っている。
彼はアズに自身を重ねている。そしてユウタはタリダスによって救われたので、アズのことも救った。幸せになってほしいとユウタはアズによく言う。
アズも同じ思いだった。
ユウタには幸せになってほしい。
初めて自分を人間として扱ってくれた少年。長らく呼ばれたこともない名前を呼んでもらい、魔王になったアズを救ってくれた。
もう十分だと彼を思っている。
ここにいればユウタの邪魔にしかならないと、アズは出ていく機会を狙っていた。
今日は屋敷に主が戻り、使用人たちの注意も閑散としているだろうと、別れの日を今日に決めた。ちゃとした挨拶をユウタと交わしたかったが、止められるに決まっていた。
だから、そっと出ていこうとしたのだが、それをユウタの護衛のジニーに見咎められた。
「ジニーさん。どうか見逃してくれ。俺がここにいたら邪魔になるんだ」
「それなら、俺も行こうか」
「は?」
「お前が野垂れ死んだりしたら、ユータ様が悲しむだろうが。それにお前に何ができる。お前が幸せになるまで見届けてやろう」
「いらないよ」
叫ぶと見つかるので必死に感情を押さえてうなる。
「それでは、ユータ様に」
「わかった。ついてきてくれ。だけど大丈夫なのか?」
「ああ、今日はタリダス様がいる。こんなことになるだろうと手筈は整えている」
「なんだ、予想済か」
「ああ。ユータ様はタリダス様に必要な方だ。出て行かれては困る」
ジニーの言葉にアズは少しだけ白けてしまった。
自身の心配ではなく、ユウタのためにジニーが行動したことが面白くなかったのだ。
しかし、当然だと気持ちを切り替えた。
「じゃあ、行こうか。俺はとっとと幸せになるぞ。そしたらあんたは屋敷に戻れる」
「そうだな。せいぜい頑張れ」
「なんか嫌な応援の仕方だな」
「贅沢言うな。お前ひとりだと本当ろくなことにならないんだから」
ジニーの言うことは的を得ている。
アズは小さな村だけで暮らし、迫害をうけていた。人との付き合い方をいまいち学びきっていない。その上、生きる術を身につけていない。悪い奴にどこかに売られるのがオチだ。
本人がまったくそのことに気が付いていないので、ジニーは大きなため息をつき、アズの後を追った。
☆
「アズがいない?」
早朝部屋を訪れたタリダスからそのことを聞かされ、ユウタはベッドから勢いよく飛び起きた。すぐにアズの部屋に向かおうとしてタリダスに止められる。
「アズはジニーと一緒です。これが書き置きです」
タリダスから紙を見せられ、ユウタは食い入るように読む。
「どうしてジニーが」
「アズ一人だと心配でしょう」
「だから、僕が、」
「あなたは私を置いていくつもりだったんですね」
「タリダス、あの、」
「ジニーのことはあなたもご存じでしょう?心配ありません」
「そうだけど、」
「それでは、落ち着いたら二人に会いに行きましょう。ジニーのことです。どこかに落ち着いたら便りをくれるはずですから」
「そうだね」
タリダスはまるで捨てられそうな犬の目をしており、ユウタはアズを追うことを諦めた。ジニーへの信頼もある。けれども近いうちにすぐ、彼らに会いにいこう。
そう決めて、ユウタは自分を落ち着かせた。
「二人で会いに行きましょう。ユータ様」
「う、うん」
二人ってところに力が入っていた気がして、ユウタは少し照れてしまった。
「さて朝食を食べましょう。そしたら陛下の元へ向かいます」
「うん」
まずはロイのことを、この国のことを考えるのが先だ。
アルローであるユウタの気持ちは一気に冷静になった。
赤子の頃からロイのことは自分の子として育てている。その彼がこの国を立派に治めている。フロランが補佐していたことも大きいがそれだけではないことをアルローは知っている。
彼が死んだのは、ロイが十八歳の時。すでにその年には彼はアルローの仕事を手伝っていた。
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