2-15 虐げられていた少年の幸せ

 秘密の通路を抜けて、王室へたどり着く。

 時間を決めていなかったにもかかわらず、そこにはロイだけではなく、王妃ジョアンヌも傍にいた。


「初めまして。王妃ジョアンヌ様。僕はユウタです」


 アルロー時代は頭を下げることなどほぼなかったが、日本人として十四年生きているのでユウタは抵抗なく頭を下げた。


「ユータ様。頭をお上げください」


 ジョアンヌのほうが慌ててそう言い、ユウタは顔を上げた。

 ソレーヌとは正反対の慎ましい優しそうな女性がそこにいて、ユウタは安堵する。ロイの妻がどのような人物か聞かされたことはあった。しかし実際会うのは別だった。


「父上、おかけください」


 ロイに椅子を勧められ、ユウタは戸惑いながらも座る。

 タリダスはユウタの傍に立って控えていた。


「父上。どうか、私から王位を譲り受けてください」

「断る」


 前置きもなく切り出したロイに、ユウタも迷いなく返答する。


「アルローとして、話しをします」


 すっと背を伸ばして、ユウタはその緑色の瞳でロイを見据えた。


「お前は私の子だ。誰が何といっても。私はそう思ってお前を育てた。何も恥じることはない。今まで通り、このハルグリアを治めてくれ」

「父上!」


 ロイは立ち上がる。 

 その表情は泣きそうなもので、ユウタはすぐに立ち上がって彼に抱き着く。本当なら抱きしめてやりたいところだが、今のユウタの身長ではそれは難しかった。


「ロイ。フロランは何と言った?お前が王にふさわしくないといったか?」

「いいえ、彼は、私は父上にそっくりだと」

「そうか」


 ユウタは少しだけ鼻がつんとした。泣く前兆だ。それを堪える。


「フロランも認めているのだろう。お前は私の息子だ。だから王に相応しい。私に王位を譲るなど滑稽だ。国民にどう説明するのだ」

「それは、魔物の討伐のことを。父上は聖剣の使い手であるから」

「そうか。聖剣か。タリダス。聖剣を持ってきて」


 背後のタリダスに声をかけると、すぐに聖剣を小脇に抱えて持ってくる。

 ユウタは一旦ロイから離れ、聖剣をタリダスから受け取った。


「ロイ。この聖剣を持ってみろ」

「わ、私が?」

「そうだ」


 ユウタに差し出され、ロイは恐る恐る聖剣に触れる。

 ロイが手に取った瞬間、聖剣から光が放たれた。


「ち、父上。これは!」

「抜いてみろ」


 ユウタはそう言いながら、さらに距離を取る。

 戸惑っていたロイだが、覚悟を決めると鞘から剣を抜く。


「ぬ、抜けた!」


 真っ黒の聖剣が鞘から抜かれるが、色が徐々に戻っていく。

 剣から光が放たれ浄化されていくようだった。


「ロイ。聖剣の声が聞こえるか?」

「は、はい!」

「聖剣はお前を選んだ。お前は真の王だ」

「私が」

「ロイ様!」


 ロイは剣を掲げながら惚けていたが、ジョアンナが駆け寄ってきたことに気が付き、ゆっくり鞘に戻す。


「これで聖剣も認めた。迷いはないな」

「はい」

「お前は私の息子だ。忘れるな」

「はい」


 久々にアルローとして振る舞い、ユウタは一気に疲労を感じてしまった。

 精一杯虚勢を張て、ロイに臣下として頭を垂れる。


「父上!」

「陛下。僕はユウタですよ」


 ユウタは顔を上げると微笑んだ。


「……そうだな。ユータだな」

「はい」


 ユウタはアルローの生まれ変わりではなく、ただのユウタとして生きていく予定だった。聖剣を振るうことを見られており、ただの、というのは難しいだろう。しかし彼は特別な人物になるつもりはなかった。


 ロイとの話はこれで終わりで、今度正式に謁見することを約束して、ユウタとタリダスは退出した。秘密の通路を二人で歩く。手を繋いでゆっくりと。


「ユータ様」

「タリダス」


 ユウタは不意に昨日のキスを思い出し、羞恥心でいっぱいになる。

 顔は耳まで真っ赤だった。

 それでタリダスも思い出して、同じように頬を赤く染める。


「私はユータ様が好きです。ずっと傍にいてくださいますか?」

「僕が、僕が願ったよね。先に。今考えると本当に欲張りだ。あなたの傍にいてもおかしくないくらいに立派にならなきゃな」


 それは特別な人物になることを意味している。ユウタは矛盾に突き当たる。


「誰を気にするのです。私はあなたをこのまま私の部屋に閉じ込めておきたいくらいなのに」

「そ、それはだめだよ。うん。僕頑張るよ。だって、魔物を倒した実績もあるし、うん。大丈夫」

「そうですね。ユータ様は立派な方です。私にはもったいないくらいの」

「もったいなくないよ。何言ってるの。タリダス」

「あなたに相応しくなくても、私はあなたの傍に居座るつもりですから」

「……なんだかタリダス。ちょっと変わったね」

「変わった?」

「なんていうか、とてもドキドキすることばかり言うよ」

「それは嬉しいですね。ユータ様に意識されているのは嬉しいです」

「僕はずっと意識してるよ。おかしいけど」


 ユウタは顔を伏せながら話す。

 タリダスに対しての想いが何がユウタにはまだわからない。

 だけど一緒にいたいという気持ちは同じで、彼にキスされるとおかしくなりそうになる。触れられたらドキドキする。


「ユウタ様」

「タリダス」


 腰をかがめるとタリダスはユウタにキスをする。

 軽く触れる程度の軽いキスだ。

 というのは、通路も出口付近だったからだ。


 二人の関係はまだはっきり形になっていない。

 しかし一つだけ。

 ユウタにとって、タリダスは自分を救ってくれた騎士で、女性で言えば白馬の王子様のような存在だった。





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虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士 ありま氷炎 @arimahien

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