第26話 王宮に渦巻く思惑

「ロイ」


 孤児院の慰問から戻ってきたジョアンヌは着替えを済ませると、すぐにロイの元を訪れた。

 彼が何も言わないうちに背中に手を回して、彼の体を抱きしめる。ジョアンヌのほうが背が低いため、抱きついているようにしか見えない。けれどもロイ自身は彼女に包まれているような感覚に陥っていた。

 

「ジョアンヌ。次回は君も参加してもらうことになりそうだ」

「そう。ロイ、大丈夫よ」


 性根も真っ直ぐだが、ジョアンヌは心も強い。だからこそ、ロイは彼女に惹かれた。


「ねぇ。ロイ。どうしてそんなに辛そうなの?あの方達だけのことじゃないでしょう?」

「父に、ユータにあった。父そっくりで、優しい瞳をしていた」

「ロイ。あなたの瞳も優しいわ。アルロー様と一緒よ」

「違う。私の瞳は違うんだ」


 ロイは強く否定する。その体は小刻みに震え、何かに怯えているようだった。


「ロイ。あなたの辛さを私は理解したいの。何を抱えているの?」


 ジョアンヌはロイの背中を撫でながら、問いかける。

 しかし、彼が話すことはなかった。


 ☆


「陛下はどうやら私よりアルロー様のほうが好きみたいですね」


 フロランは前王妃のソレーヌを部屋に送り、退室する前に肩をすくめてぼやく。

 ソレーヌはそれに答えず、フロランは一礼すると部屋から出ていった。


「当たり前じゃないの。そんなの。アルローはロイの父親なのだから」


 フロランの足音が完全に聞こえなくなり、ソレーヌは彼が消えた扉へ視線をやる。

 

「ロイは、アルローを昔から慕っていたわ。だから当然よ」


 自身に言い聞かせるように彼女はそう口にする。

 手先は震え、それを隠すように別の手で手先を握りしめた。


「ロイ。あなたは王。王なのよ」


 ☆


「ケイス」


 宰相室に戻ったフロランは、護衛のケイスに呼びかける。


「今日はつまらなかったね」


 宰相の問いかけに、ケイスは何と言っていいかわからなかった。

 フロランが突然王の私室へ向かい、ケイスをそれを追った。部屋に入ることは叶わず、茶会で彼は事態を知った。

 アルローの生まれ変わりの少年ユウタは、以前のように美しい少年であったが、雰囲気が少し変わっていた。全体的に柔らかい空気をまとい、ケイスと視線が合うとがらりと雰囲気が変わった。美しさに色香が加わり、ケイスは自然を彼を目で追った。

 しかし、ユウタの背後のタリダスに睨まれ、ケイスは視線をそらした。

 そのうちユウタの雰囲気も元の柔らかいものに変わったが、彼がケイスを見ることはなかった。かたくなに避けているようで、少しだけケイスは傷ついた。

 父と恋人同士だった前王のアルロー。その生まれ変わりのユウタ。興味がないというのは嘘になる。フロランから言われた無理難題はとてもできそうもないが、ユウタには興味を持った。


「タリダスが邪魔だよね。彼がいなければもっと楽しくなるのに。リカルドも邪魔かな。どうにかしたいな。ケイス。君もそう思うだろう?」


 ケイスはフロランの言葉に毎回戸惑い、翻弄されている。

 答えるべき言葉がなく、ただ聞いているだけだ。


「陛下を餌に、ユータ様に王宮に来てもらおうかな。そしてタリダスとリカルドを彼の傍から離す。陛下に協力してもらいたいなあ。陛下の言葉であればだれも逆らえないからね」


 フロランは楽しそうに鼻歌を歌いながら、そう言い募る。

 ケイスは彼の計画を聞きたくなかった。耳を塞ぎ、この場からいなくなりたかった。

 父の一件で、彼はすべてを失った。いや放棄した。自身は田舎で一生を終えるつもりだった。しかし、王宮から使者が来て、彼の生活は変わってしまった。今となれば田舎生活を懐かしく思う。穏やかで平和な日々。

 

「ケイス。君には働いてもらうから。ユータ様と親しくなってほしいな。君の父とアルロー様は本当に親しくしていたんだよ。妬けてしまうくらいに」

「フロラン様?」

「つまらぬことを言ってしまったね。今度はいつ呼び出そうかな。早めがいいよね。もしかしてそれより早く向こうが動くかな」


 フロランは目をギラギラと輝かせて、話す。それはケイスに話しかけているようで、そうではなかった。彼もそれを理解しており、ただフロランの話を聞く。


「さあ、私が先か。アルローが先か。楽しみだね」




 

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