第14話 アルロー・ハルグリア
聖剣に触れ、倒れてしまったユウタを抱き上げ、タリダスはベッドに運ぶ。
抱き上げた際に握っていた聖剣が床に落ちたが、彼は気に留めている余裕はなかった。
ユウタの言葉が彼の耳に残っている。
『わかってるから。タリダス。僕はもう終わりにする。僕はアルロー様になる』
タリダスにとってユウタとアルローは同じ人物だ。
しかしユウタは終わりにすると、アルローになると彼に告げた。
それはユウタが消えるという意味ではないか。
その考えに至り、タリダスは寒気を覚えた。
「うっ」
ユウタの声が耳に届き、タリダスは考えを中断する。
ベッドの上でユウタが目を覚まし、体を起こしていた。
「ユータ様!」
「タリダス」
名を呼ばれタリダスは違和感を覚える。
違和感の正体はわからない。しかしユウタの顔を見て、はっきりと理解した。
彼を見つめる眼差しは落ち着いており、表情には自信が満ち溢れている。
「アルロー様」
「お前にはわかるか」
ユウタは微笑む。
無邪気な笑みではなく、自信に満ちた微笑だ。
念願のアルローと対面し、彼は嬉しいはずなのにユウタを失った喪失感が彼の心を揺るがす。
「タリダス。心配するな。ユウタの意識は消えていない。聖剣に触れたため情報が一気に彼の中に流れ込み、彼の許容範囲を超えたのだ。だから、私が代わりに出てきた」
「……ユータ様は、大丈夫なのでしょうか?」
「そうだな。しばらくかかるかもしれない。その間は私がユウタの代わりを務めよう」
「ユータ様の代わり、アルロー様が?」
おかしなことを聞かされているのに、タリダスはユウタが消えていない事実に安堵していた。
「まったく薄情な臣下だな。久々の対面で私のことより、ユウタのことを心配するとは」
「も、申し訳ありません」
「冗談だ。私も彼の中でずっと彼を見てきた。とても可哀そうな子供だ。せめて生まれてくる国が別であったらよかったのだが」
「生まれてくる国ですか?」
「ああ。異世界にはいくつもの国がある。ユウタの生まれた国は黒髪と黒目が大半を占める民族で、私のような外見はとても珍しいのだ。それで、彼は酷い目にあってきた。聖剣に触れたことで、私はユウタの意識の一部として存在することができ、こうして表面に出てくることができた。それでなければ、私はユウタの意識の中で何もできないままだ。というよりも私はアルローであるが、すでにユウタなのだ」
アルローから説明されるが、タリダスはよくわからずただ聞いているだけだった。
ふと彼が手にかけた男も黒髪だったことを思い出し、怒りを覚える。
「タリダス。私はアルローではなく、ユウタとして振る舞るつもりだ。なので、誰にも私のことを話すな。ソレーネ、フロランにも話すつもりもない。ちょうどよい。ユウタとして二人には接しよう。ユウタには荷が重いからな」
十四年前、彼が仕えたアルローそのままの口調で、ユウタは話す。
「タリダス。心配するな。ユウタは戻ってくる。私がこうして出てくるのはしばらくの間だ。そうだな。ユウタは環境があれだったから、痩せすぎだ。私がよく食べ、体を鍛え、彼の体調を管理しよう」
「それはよろしいですね」
アルローの提案にタリダスは素直にうなずく。
ユウタは来たばかりの頃よりは少しだけふっくらしているが、やはり痩せているのには変わりない。手足はとても細く、触れたら折れてしまうのでないかとタリダスは時折心配していた。
「まずは、酒でも飲んで、再会を祝おうじゃないか」
「アルロー様。その体はユータ様のもので、まだ小さい。お酒はよくないかと思います」
「そうか。そうだな。残念だ」
本当に残念そうにアルローが言い、タリダスは苦笑する。
ユウタがしたことのない表情をアルローは見せる。
アルローとしては普通のことだが、タリダスはユウタの無邪気で幼い表情を思い出し、少し切なくなった。
「相変わらずだな。タリダス。辛気臭いぞ。ユウタは必ず戻ってくる。それよりも、目下の問題はソレーネとフロランだろう。二人は何を思ってユウタと会いたいと思ったのか。邪魔にしかならんだろう」
「アルロー様もそう思われますか」
「ああ」
アルローは短く答え、タリダスは彼の予想がかなりあっているのではないかと考える。
「タリダス。過去は過去だ。ロイの治世で平和は保たれ、国民は幸せなのだろう。私はそれを乱すつもりはない」
「それなら、アルロー様はなぜ私に、あなたを探すように伝えられたのですか?」
アルローの死はタリダスにとっては辛く、「私を探せ」と言われたことが彼の生きがいにもなった。
「理由は二つだ。一つはお前だ。私のことを後追いしそうだったからな。そう伝えれば、お前は私を探すために生き続けると思ったのだ。もう一つは聖剣だ。ロイは聖剣を扱えないだろう?聖剣の後継者は必ず必要だ。現時点で、聖剣の後継者足るものは王族にはいない」
「それは、なぜですか?」
タリダスはずっと前から疑問だった。
ロイはアルローの子であり、聖剣の後継者にふさわしいはずだった。しかし彼は聖剣に触れることはできても、その鞘を抜くことができなかった。アルローの従兄弟にあたるフロランも同じくだ。だからこそ、聖剣は地下に隠されようとしていた。
「理由はお前にでも言えない。記憶を共有したユウタは知っている。彼が目覚め、お前に話すようであれば聞くがいい。私から話すことはない」
アルローの意志は強固で、タリダスはこのことを聞くのを諦めた。
「そういうことで、タリダス。ユウタをこの屋敷においてやってくれないか。なんならお前の息子にしてもいい」
「息子?それはちょっとなんでも」
「そうだな。お前には大きすぎるか」
年齢ではなく、息子というよりも対等の立場で傍にいてほしいとタリダスは考えていたが、アルローには話さなかった。
「ユウタは、日本ではとても苦労していた。ハルグリアでは彼を愛してやってくれ。彼は純粋な愛を知らない」
「愛、ですか?」
アルローからそう言われても、タリダスには理解できなかった。
確かに両親には愛されて育った。愛というならばそれだと思う。
しかし、タリダスはユウタに対してそういう思いを持っていない。
大切にしたいという気持ちはある。
守りたいとも。
「まあ、私が言わなくても、お前はユウタを大切にしているな。余計なお世話だったか。それよりも何か食べさせてくれないか。確かお前も夕食はまだだったな?」
「ああ、そうでした。すぐに用意します」
「ありがとう。それに聖剣も拾って、壁にでも立てかけておいてくれ」
「はい。そういたします」
タリダスはアルローに頭を下げるとまずは床から聖剣を広い、壁に立てかける。それから夕食の準備のために部屋を出た。
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