第13話 その時。

 翌日からユウタはタリダスに教えてもらったチェスのようなゲーム、サウラで遊び始めた。

 最初は一人で遊んでいたのだけど、やはり相手がいないと面白くない。


 そうして、ユウタはマルサの夫で、執事のジョンソンとサウラをするようになった。

 ジョンソンは初老の男性で眼鏡をかけていて、白髪。

 マルサ同様裏のない優しさを見せてくれ、ユウタは緊張しなくて済んだ。

 他にも使用人がいて、いつか話せるようになりたいと思いつつ、今は与えらえた部屋で、時間を過ごす。

 そうして、昼は執事のジョンソンと、夜はタリダスとサウラで遊び、時間があると読書に時間を費やした。


 この世界にきて一週間たち、ユウタやふと疑問に思った。

 あと一週間もしないうちに元王妃と宰相に会わなければならない。

 礼儀作法などはどうなのか。


 マルサに聞くと、タリダスに確認するといわれ、その夜に彼が答えをくれる。


「ユータ様はただ椅子に座ってるだけで十分です。アルロー様の生まれ変わりで、アルロー様は前国王なのですから」

「そうだけど、いいのかな?」

「いいのです」


 タリダスに強く言われたが、ユウタは珍しく頑張った。


「それはわかるんだけど、常識みたいのを教えてもらいたい。タリダス、ジョンソンさんにでも礼儀作法を習っていいかな?」


 侍女長マルサに教えを乞うことも考えたが、男女では礼儀の種類が異なるだろうと、ユウタが頼ったのはジョンソンだった。


「ジョンソンならいいでしょう。伝えておきます」

「あの、時間があるときでいいですから」

「はい」


 翌日から、ユウタの日課に礼儀作法を習うことが付け加えられた。



 *


「旦那様、浮かない顔ですよ」


 王宮から戻り、着替えていると執事ジョンソンから声を掛けられる。


「なんでもない」

「王宮で何かございましたか?」

「いや、何もない」


 王宮の生活は驚くべきことに変わり映えがしなかった。

 彼がアルローの生まれ変わりユウタを連れてきたことで難癖をつけられたり、擦り寄ってくるものがいたりするかもしれない。

 そのような予想をしていたタリダスは拍子抜けした。

 もしかしたら、ユウタの件は緘口令を引かれているかもしれない。

 それくらい、誰もユウタのことについて口にしなかった。

 今騒がれると困るので、タリダスは安堵しながらも、前国王が戻ったのに何も変わらない態度の王宮に対して怒りもあった。

 しかし、今タリダスの胸にあるのはその怒りではない。

 ユウタとサウラで遊ぶようになり、ジョンソンがユウタのことをよく話題にするようになったのだ。礼儀作法を教えるようになってからは、ユウタへの誉め言葉が多くなった。

 それがなんだか悔しい、タリダスは子供っぽい感情を持て余していた。


「さあ、旦那様。お急ぎください。ユータ様がお腹を空かせてお待ちですよ」

「ああ」


 ユータは夕食を必ずタリダスと食べるようになった。

 他愛のない話ばかりなのだが、彼はこの時間がお気にいりだった。

 このために、仕事を急いで片付けるようになったくらいだ。


「タリダス。お帰り」


 彼がこの世界にきて十日が経った。

 怯えた表情はなりをひそめ、笑顔をよく見せるようになった。

 タリダスはその笑顔に癒され、家に戻ってきたという安心を得るようになっていた。


 *

 

「それで今日は、ジョンソンに歩き方を教えてもらったんだ」


 ユウタはタリダスと一緒にいると安心するようになり、その口調もかなり崩したものになっていた。

 崩し始めると、それが普通になり、彼の中で違和感もなくなってしまった。

 それに対してタリダスは丁寧な口調のまま。

 少し寂しく思う気持ちもあった。しかし、それもタリダスらしいと感じ、この屋敷での生活はユウタに安らぎを与えた。

 一人で部屋にいると、聖剣が視界に入り、まるで彼を誘惑するように淡い光を放つ。

 アルローになるためには聖剣に触らなければならない。

 けれども、アルローではなくてもタリダスも、マルサも、ジョンソンも自分を受け入れてくれている。

 そんな気持ちになって、ユウタは聖剣のことを無視し続けた。


 *


 翌日、ハリエットが再び屋敷を訪れた。

 大量の衣装とともに。

 一応すべての服を身に着けて確かめてほしいといわれ、ユウタは着せ替え人形のように服に着替える。

 ハリエットだけではなく、マルサもジョンソンも着替えたユウタを見て、いわゆる褒め殺し状態で、生き絶え絶えになりながら、試着会は終わった。

 名残惜しそうにハリエットが屋敷をさり、大量の服はユウタの洋箪笥に納入される。


「多すぎですよね」

「そんなことはございません。旦那様ももう少し頼むべきでしたのに」

「そうだな。旦那様に話してみよう」

「十分ですよ!」

「いえいえ、ユータ様。これから外出されることも多くなると思いますし、多いほうがよいのです」

「外出される、僕は外に出たくないんだけど」


 ユウタは思わず正直な気持ちを口にした。

 すると二人の動きが止まり、彼は誤ったことに気が付いた。

 彼はアルローの生まれ変わりであり、ここはタリダスの屋敷だ。

 彼が長くいていい場所ではない。

 ただのユウタだったとしてもだ。

 ここは一時的に保護してもらっている場所。

 そのことに改めて気が付いて、ユウタは泣きそうになった。

 涙を堪えるのは慣れていた。

 慣れすぎていて、もう涙など枯れたと思っていたのに、ユウタは自身の緩んだ涙腺に驚く。


「さあ、ユータ様。サウラで遊びましょう」

「お茶を入れますね」


 ジョンソンが遊びに誘ってくれ、マルサは気をきかせてお茶をいれてくれる。

 ユウタはこれだけで十分だと、自分の甘えた考えに釘を刺した。



「服が届いたそうですね」

「はい」


 夕方になり、タリダスが戻ってきた。

 暗い顔を見せないように気をつけながら、ユウタは答える。

 ずっとタリダスにも甘えてきた。

 それに気が付かされ、ユウタはいつもより距離を取ろうとする。


「何かあったのですか?」

「なんでも、ないです」

「その口調。何か気に障るようなこと私がしましたか?」

「いえ、そんなことはないです」

「ユータ様。何かあったのでしょう?教えてください」

「な、なんでもないから。本当」


 口調を戻して、ユウタは答える。


「私には話したくありませんか?」

「そんなことはないよ。ただ、ほら、僕は居候だし。あまりにも甘えていたなって思って」

「居候?どういう意味でしょうか?」

「僕は、何もできない。でもこのお屋敷で大切にしてもらっている。それは本当甘えすぎだよね」

「何をおっしゃってるのです。ユータ様はアルロー様の生まれ変わり。私はあなたの騎士です。私があなたを大切にするのは当然のことです」

「うん。そうだよね。わかってる」


 彼はわかっていない。

 しかし、ユウタは曖昧に笑いながら答えた。

 胸が苦しい。

 聖剣に触ればアルローのことがわかる。こんな悩みから解放されるかもしれない。

 ユウタは、まっすぐで純粋な視線を向けてくるタリダスに視線を返せず、苦しかった。


「ユータ様?」

「タリダス。ごめん。僕、あなたに秘密にしていたことがある」

「え?」


 ユウタは心を決めた。

 聖剣に触り、終わりにしようと。

 自分が変わったり、消えてしまってもしかたないと。

 この世界にきて、彼は安心を覚えた。安らぎという言葉があっているかもしれない。

 それだけで十分だと彼は心を決めた。

 戸惑うタリダスに微笑み、ユウタは続きを話す。


「偶然聖剣を触って、僕はアルロー様の記憶を見た。多分死ぬ前だと思う。少し幼いあなたが、僕を、アルロー様を呼んでいた。アルロー様はあなたに「私を探せ」と言っていた」

「それは……」

「それから僕は怖くなって、聖剣に一度も触れなかった。アルロー様になれたはずなのに。僕は逃げていたんだ。消えるのが怖かったから」

「ユータ様」

「あなたの主人はアルロー様だ。僕じゃない。わかっていた」

「それは、」

「わかってるから。タリダス。僕はもう終わりにする。僕はアルロー様になる」


 まるで彫像のように動かなくなったタリダスから視線を外し、ユウタは聖剣に近づく。彼を呼ぶように光が強くなった。


「待たせてごめん。もう、いいから」


 ユウタは聖剣に触れた。

 狂ったようにいろいろな映像が脳に流れ込む。

 脳の情報処理が追い付かないのか、それとも単なる疲労か。

 ユウタは聖剣を握ったまま、その場に倒れ込んだ。


「ユータ様!」


 

 

 

 

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