第7話 ユウタの不安

 ユウタが食べ終わり、侍女長マルサが食器を片付けて、しばらくしてからタリダスの姿を見せた。

 彼は顔を少し強ばらせおり、ユウタは彼が怒っているのではないかと怖くなる。

 顔色を窺っていると、タリダスが口を開いた。


「申し訳ありません。二週間後に前王妃殿下と宰相閣下に会っていただく必要ができました。私の権限では断ることができず申し訳ありません」


 タリダスが深々と頭を下げ、ユウタは恐縮するしかなかった。


「あの、謝る必要はないです。だって、前王妃殿下ということはアルロー様の妻ですよね。それだったら生まれ変わりである僕に会いたい気持ちもわかります」


 ユウタ自身はまったく会いたいと気持ちなどなかったが、妻であったならば会いたいだろうと理解した。


「そうですか。そう言っていただけると安心します」


 しかし、タリダスは言葉と裏腹に表情は硬いままだ。

 そうして彼は思い出す。

 前王妃と宰相の話を聞かされた時のタリダスの態度を。

 彼が二人を嫌っている、そんな気持ちを見透かしてユウタは混乱する。 

 前王妃は彼の敬愛するアルローの妻だ。それなのに嫌うことなどあるのかと、ユウタは戸惑う。

 同時に、彼が聖剣に触れれば何かわかるかもと、思うがやはり怖かった。

 聖剣に触れアルローの映像を見たことをタリダスに伝えれば、彼が喜ぶかもしれない。

 そう思うが、やはりユウタは踏み切れなかった。


「昼食はすべて召し上がれたみたいですね。よかった。体調がよいのであれば少し散歩でもしますか?部屋にずっといるのも退屈でしょう」

「散歩、ですか」


 ぐちぐち悩んでいるユウタにタリダスは提案してくる。

 そこに先ほど見せた不機嫌さはない。


「体調がよければですけど。もし部屋でゆっくりされたいなら、明日でも」

「あの、今からで大丈夫です」


 部屋から出たかった。

 聖剣が視界にはいる場所にあり、それに触れてしまいそうになるのが怖かったせいかもしれない。


「それでは準備を整えてからお迎えにあがりますね」

「は、はい。よろしくお願いします」


 よそよそしい答え。

 けれどもユウタはまだタリダスへの態度を決めかねていた。

 アルローとして振る舞うべきか。

 ユウタはアルローをあの映像でしかしからない。

 彼はタリダスに「自分を探せ」と命じていた。

 だからタリダスは必死に生まれ変わりを探したんだろう。

 ユウタはまだ自分がアルローである自信がない。その可能性は否定しなくなったが。

 彼が悩んでいるうちに、タリダスは礼をとると、部屋を出て行ってしまった。

 

「どうしたらいいのかな」


 アルローであると思われたい。

 それは彼がこの地で生きるために必要なこと。

 けれどもどうしていいかわからない。

 いや、彼はわかっている。

 聖剣に触れること。

 きっと何かほかの情報を得ることができる。


「……見るだけだよね。僕が変わってしまうなんて」


 自分のことは嫌いだった。

 けれども、自分自身が変わってしまうことはひどく怖かった。


 *


 タリダスは部屋を出ると執事ジョンソンに指示を飛ばす。

 敷地内と言えども警戒は必要だった。

 絶対に守る自信があったがタリダスは使用人たちに配置につかせた。


 前王妃たちの次の訪問まで二週間、おそらく何もないだろうと彼は踏んでいる。

 しかし油断は禁物だった。

 アルローの生まれ変わりユウタを邪魔に思う勢力は、ロイ派だが、一枚岩ではないのだから。


「ああ、ユータ様に合うような服を作らせたい。信用できる針子を呼べるか?」

「はい」


 執事ジョンソンにタリダスは思いついたことを頼む。

 現在ユウタが身につけているものは、この国の平均男性が身につける服だった。ユータにとってはかなり大きく、不恰好だったのをタリダスは思い出した。二週間後、前王妃と宰相の前では王族らしく正装をさせたいと彼は願っていた。ユウタがそれを望んでいるか、どうか、それについて彼は考えたことがない。アルローの遺言に従って、アルローの生まれ変わりであるユウタを保護して、可能であれば王位についてほしいと願っていた。

 現状ロイの治世が穏やかであり、タリダスは王位につくことに関しては執念を燃やしてはいない。

 ただ、アルローの遺言を守り、今度こそは彼を守りたかった。

 不意にかかった病気、病の進行の速さに彼はある疑いを捨てきれなかった。


 *


「お待たせしました」


 タリダスに連れ出され、ユウタは初めて部屋から出る。

 廊下に人影がいなく安堵しながら、外に出る。

 庭は綺麗に整えられ、色鮮やかな花々が咲き誇っていた。


「綺麗ですね」

「そうですか。庭師も喜ぶと思います」


 綺麗なものを綺麗と思える感情がまだ残っていることに驚きながら、ユウタは庭を眺める。庭は屋敷をぐるりと囲んでいて、外壁が彼の目に止まる。


「壁があるんですね」

「ええ。容易に敵は近寄れません」

「敵……」

「ユータ様。我々には敵がいます。そのうち説明いたしますが、ユータ様のお命が狙われる可能性があるので、今は私がそばにいて守ります。しかし、明後日から王宮へ出仕しなければなりません。不自由だと思いますが、私が側にいない時は、できれば部屋にいてほしいのです。かまいませんか?」

「は、はい。大丈夫です」


 昨日この世界に到着した際、歓迎されていない空気は感じていた。しかし命まで狙われるとは穏やかではない。ユウタは少し身震いしながら、タリダスの話を聞いていた。


「ユータ様を私は命にかけてもお守りします」

「命をかけては、いらないですよ。僕にはそんな価値はありません」

「あなたはアルロー様です。私が必ず守ります」


 タリダスの濃い藍色の瞳が、日の光を受けて煌めく。

 真っ直ぐな視線を受け止めれなくて、ユウタを思わず目を逸らした。

 脳裏にチラつくのは聖剣だ。


「あの、」

「なんでしょうか?」

「いえ、なんでもありません。もう少し歩いてみたいです」

「それでは行きましょうか」


 ユウタは聖剣に触れるとアルローの記憶なのか、映像が見えることを伝えようとした。しかし、どうしても伝えられなかった。

 伝えたら最後、再び聖剣に触れなけばならないと思ったからだ。


 タリダスの視線を背後に感じながら、ユウタは歩く。

 美しい庭の中で、ユウタの心は不安で押しつぶされそうだった。



 




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