第4話 ユウタの決意

「僕が、王様の生まれ変わり……」


 タリダスが出ていき、ユウタは緊張から解き放たれ、ベッドに倒れこむ。

 おやすみくださいと言われたが、眠気などやってくるわけがなかった。

 異世界転生、転移という物語を小説で読んだことがあった。

 携帯電話を持たせてくれなかった母親。

 情報元はテレビか、学校の図書館で借りた本だった。一人の時は好きな番組を見ることができ、なるべくニュースや情報番組を見るようにしていた。

 母親や死んだ男はお笑い番組や陳腐なドラマを見ていることが多かった。見ているといっても、スマホを触りながらでつけっぱなしという表現が正しい。

 貧しいのに節約という言葉を母親は知らなかった。

 いや、知っていた。

 ユウタに与えられる服はすべて安物で、食べ物すら賞味期限ぎりぎりの安くなっているもの。そういう点で母親は節約をしていた。

 突然現れたタリダス、玩具みたいに飛んで行った男の首。

 血の匂いから現実だと理解できた。

 突如現れた扉をくぐると別世界に移動した。

 彼がいるのは、小説の世界でよく出てくる異世界だ。

 聖剣という言葉をタリダスが口にしていたことから、もしかしたら魔物が存在する剣と魔法の世界かもしれない。


 ユウタは優しい陽の匂いがする枕に顔を埋めながら、そんなことを想像する。


「異世界転生?転移?僕が?」


 両親と似ていない容姿。

 西洋人のような顔。

 異世界転生と言われれば納得もできる。

 図書館の本を読みながら、そう夢想したこともあった。想像は彼の心を何度も救った。


「でも、王の生まれ変わりなんて」


 自身を保護してくれた騎士タリダスの態度を思い出して、ユウタは眩暈を覚えた。


「アルローって王様はきっとものすごい人だったんだ」


 タリダスはアルローに心酔しているようだった。


「僕は、そんな偉い人じゃない」


 前世が王であれば、すでにあの環境からどうにか逃げ出せていたはずだとユウタは考える。

 彼はただあの環境に耐えることしか考えられなかった。

 日々耐え忍ぶことしかしてこなかった。


「ありえないよ。僕が王様なんて。でも、もし僕がアルロー様じゃなかったら、どうなるんだろう」


 タリダスには落胆され、もしかしたら捨てられるかもしれない。

 そう考えて、ユウタは身震いした。


「捨てられるならまだいいかも。もしかしたら殺されるかもしれない」


 タリダスは母の友達の首を簡単に刎ねた。

 躊躇することなどなかった。


「……僕は、アルロー様のふりをするしかないのか。それなら、殺されない」


 王の振りなんて無理に決まっている。

 ユウタは枕に顔を押し付けて、首を左右に振る。


「でも、僕はまだ死にたくない」


 小さい時から、彼を支えていた気持ち。

 それは使命を果たすまで死にたくない。

 それだった。


「ユウタって呼んでもらうようにしたけど、ダメだったかな。でも、僕はアルロー様じゃないし。ううん。それじゃだめだ。僕がアルロー様じゃなければ殺される」


 母の友達は殺され、彼に帰る場所はない。

 ここで彼は自分の居場所を作るしかなかった。


「考えなきゃ。ふりはできなくてもアルロー様かもしれないって思わせること」


 まずは自分がアルローの生まれ変わりである事を受け入れる。

 自分で自分をアルローの生まれ変わりだと思い込もうとした。


「僕は、アルロー。あ、でもまずはどんな人が知らないとな」


 ユウタは気持ちが少し明るくなっている自分に驚いていた。

 日本にいたときは、毎日が憂鬱で、生きているのがつらかった。母親とその男友達、教師、顔色をうかがうのに疲れていた。

 しかし、今は目標がある。


「きっと、僕がここにきたことはいいことなんだ。連れてきてもらったことはいいことなんだ。もし、僕がアルロー様じゃないってばれても、捨てられないように、殺されないようにしなきゃ」


 今はこの場所で生きること。

 それを目標に、彼はアルローになることを決めた。



「全部お召し上がりになられたのですね」

「ああ」


 部屋からトレイと食器を持って出てきたタリダスを待っていたのは侍女長マルサだった。この屋敷で雇った最初の侍女で、年齢は四十歳。執事ジョンソンと結婚し出産と育児で一時期離れていたが、二年前から職場復帰している。

 屋敷の使用人は全員がタリダスより年上で、落ち着いた雰囲気の者ばかりだった。


「アルロー様の今の名前はユータと言うらしい」

「ユータ様ですか?」

「そうだ。そう呼んで欲しいらしい」

「そうですか」


 侍女長マルサは独り言のようなタリダスの言葉に相槌を打つ。

 元より彼は口数が少なく、用件しか語らない。いつもは要領を得た指示なのに、ユウタの名に関して歯切れが悪かった。


「旦那様。それでは我々使用人一同もユータ様とお呼びいたしますね」


 確認の為、侍女長マルサは問いかける。するとタリダスは即答せず考える素振りを見せた。

 指示を読み間違ったかと不安になっているとタリダスが口を開く。


「その様にしてくれ」

「はい」


 侍女長マルサは短く返事をするとトレイを受け取り一礼すると厨房へ消えた。

 タリダスはユウタの部屋の扉に視線を向ける。

 ユウタへの呼び方を聞かれた時、一瞬戸惑ってしまった自身が信じられなかった。たかが彼の今の名を呼ばせるだけの事だけなのに。


「アルロー様」


 タリダスはこの十四年、アルローの帰還を渇望していた。けれども生まれ変わりの少年を見つけてから、何かが変わりつつあるような気がしていた。


「アルロー様」


 再び名を呼ぶ。

 何とも言い表されない感情が沸き起こる。

 それを抑えた後、彼は視線を元に戻し、歩き出した。

 今日から数日騎士団に休暇を取ることを伝えており、タリダスはすることがなかった。いや、することはある。護衛だ。

 王宮内では、アルローの帰還を喜ぶものは少ない。

 現在のロイの治世で国は安定しており、ロイ派の貴族たちはこの世の春を謳歌している。もちろん、賄賂などはロイが禁じており、表立って貴族たちが金銭のやり取りをすることはない。

 しかしロイ派の貴族が恩恵を受けているのは確かで、現在王宮はロイ派が支配している。

 アルローの生まれ変わりのユウタに反発を抱く者たちもいる。それを見通し、タリダスは己の屋敷で彼を保護することを優先した。

 彼の屋敷は小さく防衛しやすい。また外壁を備えており、それを乗り越えて侵入するのは困難だった。

 使用人たちの中には騎士を引退した者もおり、昨日のうちは彼は警戒を怠るなと伝えている。


 タリダスは部屋に戻ると、兜は被らず、鎧を身に着ける。

 それから剣を脇に差すと、庭に出た。

 

 鍛錬にもなるし、侵入を試みる賊にとっては脅しにもなる。

 そう考え、彼は庭で鍛錬することにしたのだ。


   

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