無能転移の魔弾射手

あつ犬

プロローグ

第1話無能転移の青年①

がむしゃらに、銃を撃ち続けていた。過呼吸な叫び声を上げて、ひたすらに撃ち続けていた。

教えられた通りにレバーを引いて、引き金を弾く。


狙いを定めることもなく、泣き叫びながら俺は……奴らを撃ち続けた。



「う………ん?」


頭が重い。

身体のあちこちが痛む。ゆっくりと上体を起こして、覚束ない意識をハッキリさせていく。


「………ここは……どこだ……?」


辺りを見渡す。

宿主はとうの昔に死に絶えた、ホコリまみれの蜘蛛の巣。

シロアリか何かに喰われたのだろう、穴だらけで欠けた木製の壁。

……掘っ立て小屋だろうか。


見上げた天井にはライトがなく、木目だけが見える。

朽ちて穴だらけの壁や、窓から差し込む夕陽以外に……光源はなかった。


「………?」


記憶を辿る。

思い出せる中で一番新しい記憶は、夜行バスに乗っていた事。


……塾帰りだった。高校3年も半分が過ぎ、大学受験のためにと通わされた学習塾。

……同じ高校の奴らも何人か通っていて、一緒に夜行バスに乗っていたんだ。


(………それで確か……バスが事故って……)


事故の理由はわからない。

ただ覚えているのは、バスが横転する瞬間と全身に感じた強い衝撃。

……それで、俺は気を失ったんだ。


(スマホは……画面が割れてるな)


ブレザーの胸ポケットに手を入れた。取り出したスマホの画面はボロボロだったが、壊れてはいなかった。

ロック画面を開いて、ホーム画面を表示する。……電波は圏外。

バッテリーは残り40%と少し。


……心もとない。


「だ、誰か! 誰かいませんか!」


身体に無理矢理に力を入れて、大声で呼ばわってみる。

……返事はない。伽藍堂な廃屋に、声が木霊するだけだ。


(……事故が起きたのは……夜だったよな? なんで夕陽が……)


ここにいても埒があかない。 

廃屋から出ることにする。

扉に触れると、軋んだ音がして。

……そのまま、埃を舞い上げながら外れてしまった。


「……なんなんだよ、ホント」


外に出て、俺は余計に当惑させられる。

見慣れた現代的な風景は一切なく、映画やゲームで見るような……ヨーロッパ風の景色が広がっていた。

中世、あるいは近世風な……けれど酷く寂れた街並み。

教会のような建物など、一部はゴシック調。


「す、すみませーん! 誰かいませんかぁっ!」


簡素な木製の家々が並び、疎らにレンガ造りの家が見えた。

電灯や電線なんかはどこにも無く、歴史の教科書で見たような……ガス燈と言えば良いのか。

それが、やはり疎らに立っている。


(………蒸気の……いや、汽笛の音……?)


その音がしたかと思うと、不意に空が暗くなり始める。

夕陽の空は赤黒いものへと変わり、太陽が異様な速度で沈んでいく。


仄暗かった街並みが、夜の闇の中へと溶けていく。


(……霧……?)


あたりには、霧が立ち込め出す。

真っ黒な闇の上で、白く漂う濃霧。

頭が追いつかない。

ガス燈がひとりでに点火して、小さく炎が揺れる。……それ以外の光源は、もはやない。


「だっ! 誰かぁっ!! 誰かいませんかぁっ!?」


叫ぶ。

恐怖と焦燥から、助けを求めて俺は叫んだ。せめて、少しでも光の近くにいようとガス燈の下に身を寄せた。


(……!? 窓に人影が……!?)


此方を見るような人影が、窓辺に幾つか見えた。手を必死に振るが、誰も出てこない。遠巻きに俺を見ているだけだ。


「だ、誰か……! 助けーーー」


「こっちだ!」


「……っ!? わぁっ……!?」


「走れ!!」


誰かに腕を引っ張られた。

ヒステリックな歩様で走り出す誰かに付いて、俺も走り出す。


「入れっ!! 早くっ!!」


「は、はいっ……!」


転がり込むようにして入ったのは、レンガ造りの小さな家。

中に灯りは無かったが、微かに射し込んでいたガス燈の光で……中の様子が見られた。


「お、お父さん……その人」


「あぁ、たぶん【流れ人】だな。……おい、アンタ! ……身体を低くしろ! 絶対に物音を立てるなよ! ……できるだけ奥にいろ!」


「は……ぁ……わ、わかりました……!」


テレビやエアコン。

冷蔵庫なんていう、現代文明の利器はその家には無かった。

ファンタジーな世界にありそうな、木製のテーブルに調度品。

……天井には、俺がいた廃屋とは違ってランプがあったが……電気式のものではなかった。油を注いで、火を点ける方式のモノ。……オイルランプだ。


「…………ちっ……【夜狼】共め。高い金払って契約してるってのに……逃げやがったか!」


俺を助けてくれたのは、一人の男だった。

口と顎に髭を蓄えている。歳は40歳くらい。顔立ちは北欧風だが、肌は浅黒い。着古した半袖のシャツから覗く腕は、隆々として太かった。


(………銃……?)


けれども、俺の意識を引き付けたのは、男が握りしめているライフル銃。いわゆる西部劇のライフルだ。

レバーアクションライフル……と言ったか。引き金を弾いて発射した後、レバーを引いてリロードする。


……18世紀後期に生まれた、古い銃だ。


「くそっ……【スコープ】のバッテリーが……! 劣化しちまったか」


苛立たしげに、男が言う。

手にはそんな古めかしい銃を手にしてるのに、男が目元に装着していたバイザー型の……【スコープ】とかいうものは、SFまがいにメカニカルな機構をしていた。

現代の軍隊の最新装備と言われても、きっと信じてしまう。

……男の口ぶりからして、バッテリー式らしい。


「…………絶対に物音を立てるなよ。……レイラ、つらいだろうが我慢してくれ」


ガス燈を明かりにしている街。

12から15世紀のゴシック調の様式を残す街。

そんな街の住人であろう男が握りしめているのは、

18世紀後期のライフル銃と……近未来的なハイテクのバイザー。

……ここはいったい、何処なんだ?


「…………」


(………女の子)


この場にいるのは、男と俺ともう一人。……男の事をお父さんと呼んだ小柄な少女。

歳は俺より幾らか歳下に見える。15、16歳くらいだろうか? 髪の色は真っ黒だ。

服は着古したエプロンドレス。

……お下がりなのか、オーバーサイズ気味だ。

顔立ちは可愛らしいが、身体の調子が良くないのか蒼白で、口元を手で抑えながら肩で息をしている。


「……! 出やがったな……!」


男が銃を構えて、ドアに近づく。

……その時だった。


(………上……!?)


屋根の上で何かが跳ねる音がした。ドタドタと跳ねながら、何かを探しているかのように這い回る。


(………ひっ……!?)


音の主が、壁を伝って這い降りてくる。……窓際に現れたそれは。


怪物……としか言えなかった。


(なんなんだよ……あれっ……!?)


薄い窓ガラス一枚を隔てた向こう側に、怪物はいる。

ブヨブヨとした皮膚に覆われた……頭部のようなものを押し付けて、中を見ようとしているようだった。


しかし、口や目に当たるものはなく、しきりに揺ら揺らと動きながら……異様に長い腕とを以て窓ガラスを叩く。


「ちぃっ……夜廻鬼め……! 失せろっ!!」


窓に向かって、男が銃口を向ける。

僅かな間に狙いを定めて、引き金を弾いた。

家の中に銃声が響くと共に、窓ガラスが音を立てて割れる。


レバーを引いてリロードすると、男はさらに数発。……夜廻鬼と呼んだ怪物に向かって撃ち込んだ。


『―――……―――!!』


銃弾を撃ち込まれた怪物は、悲鳴とも取れない奇怪な“音”を立てながら、赤黒い血のような……粘性の液体を噴き出して事切れた。


「インプ級!? 情けねぇ……こんな小せぇ夜廻鬼に尻尾を巻いて逃げたのか、夜狼どもは! ちっ、名前だけの腰抜け共め……!」


男が怪物を撃ち殺すと、窓越しに幾つかの影が飛び去っていくのが見えた。……シルエットはちょうど、男が今しがた撃ち殺したモノと似ている。


「霧が晴れていくな。……今夜は何人死んだか……」


硝煙が立ち上る銃口に、男はふぅっと息を吹きかけた。

銃を降ろして、俺と少女に。

……確か、レイラと男は言ったか。振り向きながら、バイザーを外す。


「もう大丈夫だ。……霧が晴れたってこたぁ、奴らが消えたってことだ」


右手が差し出される。


「……イセカイへようこそ、流れ人」

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