第1章 祝武子の場合 第4節 牛鬼と踊る

舞装束をんで、私は戸板の上に座布団しいて正座した。そのまま戸板ごと運ばれて行ったの。戸板は、おみこしの代わりと言うわけ。その内、みんながザワザワし始めたんで、牛鬼は近いな、と私は思った。戸板からおりて、そこから歩いた。目が見えないのに。


「お養母かあさん、短い間だったけど、どうもありがとう。」


養母かあさんって、養い親の巫女さんのことね。さすがに、お別れのあいさつだけは、ちゃんとしたわ。不思議と見えなかったのよ、お養母かあさんの顔が。泣いてることは分かったんだけど。


町はれきの山だと聞かされてたけど、スイスイ歩けたの。見えないけど、道が頭にかぶの。と言っても、焼けたくぎいちゃったけど。あの時は、痛くて、ちょっとだけにもどっちゃった。


牛鬼のすぐ前に出た。牛鬼は私のことを、じっと見てた。見えないけど、視線を感じた。私も見返してやった、見えない目で。体じゅうを舌でナメ回されるような、ものすごくイヤな感じだったけど、牛鬼と私の視線がつながったのが分かったわ。自分のやるべきことも分かってた。


私は鈴をって、ゆっくり舞った。舞の型なんて知らなかったけど、やるしかなかった。たいのリードなしで舞うのは、巫女にとっては、おっきなハンディ戦なの。舞いくるって「あっち側」にトランスするには、呼吸のピッチを少しずつ、いい感じに上げて行く必要があるんだけど、そこに目が行ってしまうと、かんじんの舞がおるすになる。太鼓のリズムなしでおどるのは、キャッチャーなしでピッチングする、みたいな感じ?


要は心と体を一つにして、どんどんヒートアップして行けばいいんだけど、それを意識してやってるようじゃダメ。自然とそうなるまで、長い長い修行が必要なの。土台、私にはムリな話だったんだけど。


でも、方法はまだある。私に迷いはなかった。私は牛鬼に、自分を差し出した。服を全部、いで、ハダカになった積もりで、「さあ、おいで」と牛鬼を私の中に招き入れた。牛鬼のどうが「ドン!」と私の中に入ってきた。思った通り、ちょろいな、コイツ。私はその場で、ゆっくり連続回転した。(私の技量じゃ、高速回転はムリだったから。)そのまま続けていたら、牛鬼の心が私といっしょに動いてるのが分かった。私はスピードを上げた。牛鬼がクルクルと回り始めた。いや、心の中でよ。こうやって牛鬼をほんろうするのが、今やるべきことだと私は知ってた。牛鬼の動悸を太鼓代わりにして、私は呼吸のピッチを上げて行った。キモチ悪さの方も最高潮だった。今すぐやめて、体じゅうを、かきむしりたかった。もちろん、もう引き返せない。私は橋をわたっていた。


体力に限界がきたら、舞のスピードを落として、座って笛をいた。いや、吹くマネかな。ちゃんとした音は出てなかったと思う。私と牛鬼にだけ、その音は聞こえていた。そうやって何回も舞ったり、笛を吹いたりをり返した。体力なんて、すぐ切れる。頭はガンガンするし、めまいもするし、やり通せたのは気力のおかげ。もう、ヘロヘロだった。


牛鬼は、だんだん私に、なついてきた。私は思いっきり、なで回してやった。あまやかしてやった。どこをなでたのか見えないんだけど、「慣れちゃえば、子犬も牛鬼も変わらないんだなあ。なんか、かわいい」と、ちょっと気持ちがれちゃった。もちろん、自分の仕事を忘れてはいなかった。巫女は人を「かせる」のが仕事。自分が「っちゃった」ら、敗け。心の半分はおどくるっていても、もう半分が、そんな自分を冷たい目で見てる。それが私。


その内「もう、いいころだな」と思ったので、私は牛鬼に、「我を背中にのせろ」と言ってやった。牛鬼は言うことを聞いた。そのまま「おまえのうちに帰れ」と言った。牛鬼はそうした。そのまま私は海の中に引きずりまれた。そうなると分かってたのに、なんにも感じなかった。こわいとも思わない。やっぱり、どうかしてたんだと思う。

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