第3話
何なのだろう。誰なのだろう? この女は。
そもそも実在するのだろうか。
そこは微妙なところだった。私の心象の中にだけ存在する誰か。いわゆる女性原理が具象化したような存在なのかもしれない。私としてはそう思いたい気持ちが強かった。
良いではないか。あやふやで、ロマンチックで、不健康で。現実のファムファタールより夢の女のほうがずっと良い。
幼少のころ母親を亡くした、などという経験も無いのだが。
だが最近、少し事情が変わった。
いや、事情というより私の気持ちが変わったのだ。
詳しく書く必要はないので詳細は省くが、兎に角私の余命は長くないらしい、と医者に告げられた。
体調はずっと思わしくなかったので、それほど驚きはない。遂に来るべきものが来たか、くらいのものだ。独身だし家族もいない。気楽なものだ。
ただ〝あの女〟に会ってみたいという衝動が日に日に強くなっていく。
今まであまり深く考えたこともなかったのだが、あの川べりの絵が見つかってから俄かに女の実在感が増してきた。もし現実にいるものなら会ってみたい。
いや、私ももう相当な歳だ。女も死んでいる可能性が高い。
なら、あの風景をもう一度見ておきたい。
しかし困ったことがある。
あの絵の場所がどこかわからない。
私は子供の頃、親の仕事の都合で引っ越しばかりしていた。友達も出来ず、運動も出来ず、勉強も出来ず。本を読むのもそんなに好きではなかった。もっとも最後の項目は成長するにしたがって変化していった。
暇な時何をしていたかというと、もちろん絵を描いていたのだ。
私の一家が転々としていた地域は田舎ばかりだったので、何か余程強烈な特徴があるか思い出があるかでないと記憶が怪しい。はっきりした記録も残っていない。
それでもなんとか、必死に忘却の淵に沈んだ思い出を引っ張り上げながら、現在住んでいる場所から近いところを回った。
決め手になるのは川だ。それも山奥の清流。平野部の幅の広い川ではない。
最初はすぐに見つかるだろうと思っていた。女がではない。場所である。
……それらしい場所を見つける。
絵の構図と重ね、なんとなくここであろうと当たりをつける。
地元の方に訊ねてみる(運が良ければ当時の私の一家のことを覚えている人に会えるかもしれない)。
女のことは知らないと言われる。もしくは心当たりはないではないが今ここにはいないと言われる(運が良ければ……いや、やめておこう)。
と、いうような展開を夢想していた。
なんとなく、ぼんやりとここなんだろうな、と自分を納得させてそれで終わり。それで良いのだと思っていた。女に会えるとは思ってもいなかった。
〝あの女〟は私の淡い思い出とともに、自分がこの世から消え去るのと同時に、ただ儚い魔術のように、存在そのものが遠く時代の波に呑まれて失せてしまうのだと思っていた。
それがどうだろう? かすりもしない。
まずもって、それらしい場所にすら行き当らない。慣れない手付きで人に聞きながらインターネットなども活用してみたが、ついにそこを見つけることは出来なかった。
何度も、幼少の頃の自分の絵を見直してみる。その場所は何の変哲もない渓流に見える。
どこにでもあるようなこの風景が、かえってどこにもないのだ。
目先を変え、女を探索の中心に据えてみてもダメだった。まあ当然といえば当然か。
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