白き龍と七星の契約者

シウ

第1話 「あの世から異世界へ」

 異世界転生。

 物語の小説によくある、死んだ後に異なる世界に記憶を持ったまま生まれることを指す言葉。その際に、女神から得点があったり、この世界に関する説明をされたりなど色々なパターンがある。で、かくいう俺は、端的に言えば死んだ。通りがかりの家で強盗に襲われている人を助ける際に刃物でグサリと。

そして意識を失って目が覚めたら、雲海の中でした。


「いや、なにこれ?」


あまりの展開に正直ついていけないが、たぶん死んだんだろうな…。と五分ほど立ち尽くした後は当てもなく雲海の中を彷徨うように歩く。


「あの世って、こんな感じなのか?」


気温は暑くもなく寒くもなく。深い雲海のお陰で空も足元もよく分からないが幸いにして光が差し込んでいるお陰で上と最低限の灯りがあるというのは不幸中の幸いだった。


「体が軽いのは…やっぱり死んでるからなのか?」 


雲が腰のあたりまであるので足はよく見えないので分からないが、手を見た感じではうっすらと透けているのを見ながら歩いていると少しづつ雲が薄くなりやがて開けた視界の先には一軒の茅葺屋根の庵が見えた。


「立派だな…。けど、こんな変わったところに誰が住んでいるんだ?」


後ろを振り返ってもそこにあるのは雲海だけ。例えるならそれは引き返すことのできない迷宮のようで。そして、戻れないのであれば前にある庵へと向かうしか選択肢はなくなる。


「鬼が出るか蛇が出るか、か。まあ、とりあえず行ってみるか」


そもそも、こんなところに庵がある時点で相当に不思議で。その不思議によって湧き上がってきた好奇心に体を任せて俺は庵へと向かって歩く。あ、足は手同様に透けてましたよ。


「うん、一通り回ったけど門の同じように大きい‥‥」


周りをぐるっと回ってみた結果、四方は白壁で囲まれており高いので壁から上るのは不可能、出入りするためには最初に見た門からしか入ることができない。


「さて、どうしたものか…」


正直、壁から昇って中に入るのはどうなのか?と思い再び門の前に戻ってきたのだが。正直どうすれば門が開くのかも分からずに立ち尽くしていると。


「お?」


まるで、一周するのがルールだったかのように門が一人で開いていき、やがて門が開き切るとそこには一人の男が立っていた。


「おう、待たせてわるかったな! なかなか来ないから寝ちまっててな!」


悪びれることなく男はそう言うとそのまま俺の前へと立つ。


「ええっと、待っていたって誰を?」


「お前さんに決まっているだろ?」


「そ、そうですか…」


辺りに他の人影もないので、俺なんだろうなと思いながらも念のための問いにそう答えられてはそれ以上は何も言えなかった。


「まあ、込み入った話もある。取り敢えずは中に入れ」


「込み入った話、ですか?」


「…ああ」


俺の問いに男の表情がわずかに真剣みを帯びたがすぐにそれは消えて代わりに好々爺といった感じで俺を門の中へと誘う。


「(とりあえず、危ない感じはなさそうだな…) 分かりました。ではお邪魔します」


「ああ! 茶と菓子も出そう!」


いえ、幽霊なんで食べれないんじゃ。とそんな事を考えた時に改めての疑問が浮上する。俺を幽霊だとするならば、目の前の肉体を持つ屈強な男は一体何者なのか、と。


(まあ、おいおい確かめればいいか)


取り敢えず、一息つけるだけでもありがたい。そう思いながら俺は男に先導されながら門をくぐり、そのまま外から見えていた屋根の建物である庵へと案内される。


「まあ、まずは一服してくれ」


そう言って男が座ると、どこにいたのか2匹の白兎が器用にそして抜群の安定感で頭の上にお茶と茶菓子を乗せた状態で現れて俺と男の前にそれぞれ置くと頭を下げると何処かへと下がっていった。


「まあ、まずは飲んでくれ。これでもこの茶の仕入れは自信があるんだ」


「はあ、それじゃあ、いただきます」


湯吞の中に注がれていたのは日本人である俺に慣れ親しんだ緑茶で。だが香りは知る中で最もお茶の香りが濃いが、しつこさを感じさせないもので、一口飲む。


「(こ、これは‥‥!)すごいおいしい!」


「ふふふ、そうだろ?」


口に含んだ瞬間、口の中にお茶の渋みや香り、旨味が広がる。そして嚥下すると香りが鼻へとスゥっと抜けていく。最高級の玉露はこんな感じなのか。そう思いながらお茶と一緒に出された茶菓子、紅白饅頭を菓子切で一切れきって口に運ぶ。


「これも、めっちゃ美味しい…」


「ふふふ、そうだろうそうだろう!」


俺の反応に囲炉裏の向かい側に座った男は嬉しそうに笑う。だが、実際に今食べた和菓子は本当においしかった。何せ、口の中に残った程よい渋みを饅頭の表面のしっとりとした皮と中の餡が合わさり渋みをかき消すのではなく甘さを程よく昇華させ、それによって茶の渋みも活きる。まさに最適解という言葉が似あうそんな組み合わせだった。

そして、そんな美味しいお茶と菓子を前に、正直今すぐにでも食べきってしまいたくなったが、最大限の自制心を以て抑える。


「ん? 食べぬのか?」


「いえ、本音ではめっちゃくちゃ食べた。けどとりあえず一息はつけたので、気になっている事を先に解消したいですかね」


「‥‥‥」


「単刀直入に聞きますけど、込み入った話っていったい何ですか?」


そう、正直言って向かいに座る男を俺は同じ人間(今は幽霊)とは到底思えなかった。雰囲気は人とは思えないし、体格も体も途轍もなく良い。そもそも初めて見た瞬間に全身の産毛が総立つ。格が違うと見ただけで感じさせるなど、尋常ではない。それにこれはついでだが先程のお茶とお菓子を持ってきた白兎もだ。|。この時点でふつうはあり得ないことだ。俺が知る兎は決して2足歩行で歩かない。それを従えている、そしてあの世のようなこの場にいる男は、そんな男が口にした込み入った話というのが一体何なのかと。故に俺は警戒していた。


「うむ、実はな。異世界に転生して欲しいのだ」


「‥‥‥‥はい?」


目の前のガタイも人ならざる雰囲気を持つ男の口から出た予想外の言葉に対して、それが今の俺の最大限出せる声だった。


(さて、一体どういうことだ…?)


あの後、真っ白になった頭を再起動させるために絶品のお茶と饅頭を食べきるとすぐに白兎がお代わりを持ってきた。次は柏餅だった。

さて、そもそも何故、初見であるはずの男から異世界に転生して欲しいとお願いされるのか。そもそも訳が分からない訳なので、理解するための説明を取り敢えず求める。


「‥‥、取り敢えず説明をしてもらえませんか?」


「そうだな。まず私はある人間からの推薦を以て君を待っていた。あの子なら大丈夫だろうという太鼓判を押してたからな」


「はあ、まあその推薦をしたその人も気になりますけど、じゃあ次の込み入った話っていうのは、さっきの異世界に転生して欲しいと関係が?」


「うむ。実はその世界では厄介な事が起きるということが分かったのだが、その世界に転生してもらうための人材を探していたんだ」


「なるほど‥‥。何故に俺を? もしかしてさっきの推薦が関係してます?」


そう、普通であれば俺はこんなところに呼ばれるはずがない。ごく普通の社会人である俺はこれといった特技はない。精々ライトノベルを読んでそこから気になった事を調べたり実践するといった何処にでもいる平凡な人間だ。そんな俺を推薦する人とはいったい誰なのか…。


「ああ。君を推薦したのは君のおじいさんだよ」


「え、じいちゃん?」


正解は、じいちゃんでした。え、何故に?なぜ数年前に亡くなったじいちゃんが目の前の男とどういった経緯で仲良くなって俺を推薦に至るのか正直かなり興味はあった。


「いったいどういった経緯で?」


「もともと、あらゆる生命が死した後に来るあの世は私を含めた神仏のいる世界と同じ場所にあってな。そこでは1年に1度お茶会という名の宴会が死者たちを招いて開かれるんだ。そこで知り合ってな、以降は時折だが茶や酒を酌み交わしておる。その席で相談したときに孫はどうかと推薦されたんだよ」


「へぇ~‥‥」


じいちゃん。死んだ後に目の前の、今ほどほど私を含めた神といった男とお茶や酒を酌み交わす仲と‥‥。挙句に異世界に転生して欲しいという相談に孫を推薦って。いや、何やってんの?


「で、その結果が今に至ると?」


「うむ。正直誰でも良いという訳でもなかったから苦心していたが、あやつが推薦するのであれば、とな。故にこの場でお前に請願する」


「どうか、我が願い。叶えてもらえないだろうか」


そう言うと男は迷うことなく、俺に向かって頭を下げてきた。それに対して、俺は返答に困っていた。正直、死んだあとに何があるのか分かっていなかったこともあり無計画。

対して、目の前の男の願いを聞き入れた場合この世界とは別の世界に転生する事になる。その世界がどんな感じなのか分からないが、確かなことは厄介ごとがあるという事。

安寧を取るのであれば、断るべきと本能が判断する。しかしあえて知らない世界を知る機会を棒に振るのもどうかと好奇心が囁きかける。

迷うそんな俺を見て男はそのまま話す。


「別に強制するつもりはない。もとより推薦を受けたが決まっているわけではないのだ。嫌であれば断ってくれてかまわない」


「だが、直に見た俺の直感はお前ならそう判断した。だからよ、俺の、スサノヲの願いをどうか聞き入れてもらえないか。頼む」


そう言ってスサノヲと名乗った男は更に俺に頭を下げてくる。そして、そこまで頭を下げられてしまっては答えないわけにはいかない。


「分かった。アンタのその願いを叶えてやるよ!」


「そうか! なら早速だがあ善は急げというので、さっそくで構わないか?」


「え、そんなに急がないとだめなのか?」


まさか、了承して即転生とは思っていなかった俺は流石に驚き、その反応にそう言う男、スサノヲは何処か居心地が悪そうに頭を掻く。


「あ~、すまん急ぎすぎた。実はお前の転生先は既に決めているんだが、ちょっとばかし急がないと困った事態になりかねなくてな‥‥」


「急がなきゃ困ったことになるって、一体なんなんだ?」


「あ~‥‥。魂が無いまま生まれてそのまま産まれて、魂が無いから転生先の体が死んで詰む」


「‥‥はあああああっ!!?? それ、思いっきりまずい奴じゃねえか!?」


思っていた以上の重要すぎる案件でせめてじいちゃんに会ってからにしたいと思っていた考えは吹っ飛んだ。


「ああ、とは言っても今すぐに大事という訳では…「いや、良くないでしょ!?」 う、そうだな」


「ああもうっ!取り敢えず早くその世界に転生させてくれ!」


「いや、まだ時間は「必要な情報は赤ん坊の間にちゃんと教えてくれればいいから!早く!」 わ、分かった!?」


俺にせっつかれたスサノヲが印を切ると俺を取り囲むように陣が形成されたかと思うと、次の瞬間には俺の視界は暗黒に包まれと感じた直後。先程まではなかった、肉体の感触を感じ取る。そして馴染んだ肉体の感触を感じると瞼越しに光を感じて、目を開くとその先には見たことのない天井と見た事のない人、おそらく産婆と思しき人やメイドがいる中で、産声を上げる。


「おぎゃあ~!おぎゃあ~!」


俺は異世界の転生を果たした。

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