資格獲るんで、終末はちょっと無理ッス

一二三楓

第1話 日銭を稼ぎ

身体についた魔獣の匂いや血などの諸々の汚れと疲れをまずは落としたかった。それにこんな姿で村をうろつき、村長に会いに行くのは流石に如何なものかと思い至ったからでもあるが。


最初は辺境の村の宿では水を桶にはり、身体を拭くくらいしか出来ないだろうと思っていたのだが、この村の宿にはなんと温泉があったのだ。何でも先代が掘り当てたらしく、宿に泊まった者なら自由に使えるとのことだった。


湯につかれるというのは旅をしているとそうそうないことだ。川や水場を見つけて水浴びするか湯を買って身体を拭くかそんなところだろう。


この村における最大の恩恵は、この温泉だと言ってもいいくらいありがたかった。


「ふ〜」


心身の汚れと疲れが一気に温泉へと溶けだし、スッと抜けていく気分だ。鉱泉の独特の匂いが浴場に満ち、リフレッシュを促していく。


こんな辺境だ。宿に泊まる人間も温泉に来るような人間もいない。貸切状態を存分に満喫させてもらうことにした。


身体の疲れを存分に癒したあと、村長との金銭交渉だ。期待できるかは微妙だが。


村長宅前───


コンコン。


ノックをするとすぐに扉が開き、男性が出迎えてくれた。


「どうぞ。入ってくだされ」


「お邪魔します」


通された部屋はお世辞にも豪華とは言えないが、手入れが行き届いて清潔感のある部屋だった。


勧められるがままに椅子に腰を下ろした。


「紅茶でよろしいでしょうか?それとも酒の方がよろしいですかな?」


「いえ、お構いなく」


2人分の紅茶が用意され、村長も対面の席につく。ゆらゆらと立ち上る湯気。紅茶の香りにはリラックス効果あるというが、ギスギスした交渉になるとはおもわないが、軽くいただいておくことにした。


カップに口をつけると茶葉の香りとほのかにフルーツの香りが広がる。なかなかに味わい深いものだ。どんな茶葉を使っているかまでは分からないが、オリジナルブレンドのフルーツティーなのだろう。


「この紅茶、美味しいですね」


「ありがとうございます。この茶葉は都会におる娘夫婦が送ってくれたものでして。何でも今、都会で流行っているものだそうです」


「なるほど」


カップをそっとソーサーに戻す。


「それで魔獣の討伐依頼の件なのですが、どうでしょうか?」


「この辺り一帯の魔獣の討伐は完了しました。これがその証拠です」


机の上に並べられたのは討伐した群の数分の指だった。


討伐依頼の場合、討伐の証として対象の一部を持ち帰るのがルールとなっている。


回収部位に規定はないが、角や牙、鱗、爪などの加工して利用できるものか、首や手、指など単純に退治したことを証明できるものかのどちらを持ち帰るのが普通である。


「確かに確認しました。最近、魔獣の移動が活発になっているようで、この辺りでは見かけなかった魔獣も増えてきて、我々も頭をなやませております」


「魔獣の移動ですか。何か理由が?」


「噂ですが、ここからさらに東の方で龍が目撃されたとか。そのせいではないかと」


「龍ですか。それはまた.......」


龍が目撃されたことに驚き、言葉を詰まらせる。


最強種の一角たる龍種は、低級な個体であっても人間の手に余る存在だ。それこそ天災に等しい。それが単なる噂だとしても簡単に聞き流せる話題ではなかったからだ。


「異能師連盟には情報がいっているとは思いますが、魔獣の移動の件も含めて調査を依頼するつもりです。この様な案件は連盟の管轄ですから


ペルセウスは考える。


龍種の目撃情報の噂が広まればみなが不安に思うだろう。ましてや、戦う術など持たない小さな村だ。出来れば平穏無事に過ごしてほしいと。


「確かにそれがいいでしょう。調査して何もなければ、それに越したことはありませんからね」


「まったくですな。少々、話が逸れてしまいましたが、報酬の件でしたな」


そう言って差し出された小さな麻袋。


それを前にペルセウスは頭を抱える羽目になる。


麻袋に詰められた金貨の枚数は15枚。


確かにペルセウスは仕事をしたし、旅を続けるには懐が暖かいことにこしたことはない。ないのだが、問題はその額だ。


いずれかの国の王都に滞在したとしよう。そこで宿を借りる場合、一般的に朝晩飯付きで一日銀貨1枚。多少良い宿を求めるならば銀貨3枚といったところか。


金貨1枚は銀貨に換算すると10枚分。すなわち、宿に泊まるだけなら何れかの王都に5ヶ月居られることになる。


王都や主要な都市は総じて物価が高く、滞在費も馬鹿にならない。だが、何より安全が保証されている。ここのように魔獣の脅威などとは無縁の場所。落ち着いて休息したいのなら大きな街に腰をおちつけるのがやはり一番なのだ。


だが、物価は高いが稼ぎもそれに比例して増えていく。だから王都での暮らしが成り立つのだが、この村はお世辞にも裕福とは言えない。そんな辺境の村の住人が一日に稼ぐ額を考えたら、ありえないくらの額。


どうしていいかわからず、ペルセウスはこの高すぎる報酬の意図を村長に尋ねてみた。


「村長、これは一体?」


「これだけではご不満ですかな?」


「いやいや、むしろ多すぎる。相場の3倍の額じゃないですか。何か裏があると思うのが自然ですよ」


「何、もう1つばかり、頼み事を聞いていただきたいのです。聞いていただけるなら、さらなる上乗せも考慮いたしますよ」


「さらに!?」


更なる報酬の上乗せという言葉に言葉遣いすら忘れるほど驚くペルセウス。


話を聞くだけならばタダだと考え、村長の頼み事とやらを詳しく聞くことにした。


「お受けするかは内容次第ですが、お話を聞きましょう」


満足気に頷いた村長は頼み事について話はじめた。


「まずはこれを」


そう言って村長が取り出したのは布で覆われた小さな箱だった。見たところ、かなり厳重に閉じられていた。


物理的に開かないようにしてあるだけではなく、何らかの術による封印が施されている。それもかなり強力な。


高位の術師による封印が施された品物とは、いかなるものか。


興味はあるが中身を知る術は持ち合わせておらず、そもそも勝手に開けるわけにはいかないのだから村長が教えてくれなければどうしようもないと考えを改めて、話の続きに耳を傾けることにした。、


「この箱をある所に届けていただきたいのです」


村長の頼み事というのは、封印された箱を指定された場所に届けるというものであった。


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