第28話 気づいた想い


 ありがとう。


 そんなことを言って貰えるような人間ではないとすぐに思った。それでも、伝わってくる体温心が心地よい。


 今まで誰にも必要とされて来なかったから、どうしてオルランドがこれほどまで良くしてくれるのかわからない。だが、それでもどうしようもなく嬉しいと思った。

 それでも、この気持ちがなんなのか確信が持てないから、何も返せない。


「いえ、わたしこそ婚約して頂けただけで嬉しいです」

「済まない、困惑させたかった訳じゃないんだ」

「謝らないで下さい。必要として頂けただけで十分なので……」


 そう答えると、オルランドは苦笑した。


「今は、それでもいいよ。側にいてくれれば」

「そ、そうですか」


 彼が何を望んでいるのかきちんと理解出来ない自分がもどかしい。

 せめて、今の自分に何が起こっているのか知らないといけない。

 わたしは再び手記に視線を落とす。


 読み進めると、どうやら父は母、いや義母の存在によって心が癒されたらしい。気持ちを切り替えて、わたしを大切にすることで償っていくことにする、そう結んで手記は終わった。


 読み終えると、力が抜けた。


 何もかも知らない事ばかりだった。


「何というか、この手記の人物と君の父親像が結びつかないんだが……償うとか、大切にするとか書かれているが、少なくとも僕の見た限り、君が大切にされていたとは思えない。

 何かがおかしい気がするんだが……」

「それは、確かに」

「何だか危ない気がする。しばらく君は外出しない方がいい」


 そう言われて最初は不思議に思ったものの、少し考えると心配されているのだとわかって、なんとなく心が温かくなった気がした。

 この温もりの側にいたい。

 出来れば、ずっと自分だけに向けてもらえたら。

 そう思ってから気が付く。


 今まで読んできた物語でも恋愛について書かれたものはたくさんあって、どれも面白かったけれどあまり良くわからなかった。

 でも今ならわかる。


 わたしはオルランドが好きなのだ。

 ずっと側にいたい。

 この優しさが他の女性に向けられることを思うと心臓が裂けそうな気持になる。これが人を好きになるということなのだろうか。

 だからこそ、わたしは思った。


 自分でいいのだろうか、と。


 

  ✦



 手記と一部の品だけを持ち出し、王都への帰路につく。

 静かな馬車の中で、わたしは先ほど気づいた感情を持て余していた。


 それまでとは違う感情だ。

 今までは、彼が望むのだからそれに応えることが婚約してくれたことに対するお礼になると思ってきた。だから迷いはなかった。

 けれど、今は違う。

 これほど優れた男性の伴侶が自分などで良いのかと思ってしまうのだ。


 わたしは視線を外に向ける。

 馬車の外に流れる景色はゆっくりと流れていく。鮮やかな緑が眩しくて目を細めると、不意に体がぐらりと揺れた気がした。


「え?」


 眩暈でも起こしたのかと思ったが違った。

 大きな衝撃音と共に、馬車の壁にたたきつけられる。


「っ!」


 一瞬息が止まるかと思った後で、視界が暗くなっていく。

 少し遠くでわたしの名を呼ぶ声がした気がしたけれど、それに応えることの出来ないまま意識が暗闇に飲み込まれてしまった。



  ✦



 驚いて目を覚ますと、わたしは寝台の中にいた。

 しかもきちんと掛布も掛けられていて、柔らかいベッドだ。ただし、それはいつもわたしがバルカザール公爵邸で使っていたものとは違うものだった。


「何で…?」


 何もかもがわからない。

 長い事、原因のわからない体調不良で部屋の中だけで生きて来たのに、王都へ来た途端になぜこんなにおかしなことが起こるのだろう。


「そうだ! オルランド様は……」


 突然大きく馬車が揺れて壁に叩きつけられたことは覚えている。

 しかしそれ以降の記憶が全くない。

 周囲を見回すも、部屋の中には必要最低限の家具が置かれているばかりでがらんとしている。ほとんど人気のない見知らぬ部屋を見ていると、言い知れぬ恐怖を感じた。


 ちょうど時刻も夕方で薄暗い。


 怖くて仕方ない。


 それでも考えるのはやめない。

 何が何でも帰りたい。わたしの頭の中にあるのはそれだけだった。もちろん、帰るのはバルカザール公爵邸にだ。

 そのために、まずは今の状況を知らないと。


 まずは、服装もそのままだし、傷には手当したあとがある。もしかしたら、通りすがりの親切な人が助けてくれたのかもしれない。

 だとしたら、同じ場所にオルランドもいるかもしれないし、使用人たちもいるかも。


 わたしは寝台から出ることにした。


 その時だった。

 大きな靴音が扉の向こうから聞こえて来て、部屋の前でとまる。続けて扉が開いて、やや軋みながら開いた。視界に最初に飛び込んできたのは、柔らかで美しく輝く髪だ。


 珍しい赤みがかった金髪。


 あまりにも見慣れたその色にわたしはひゅっと息を飲んだ。


 まさか、という思いを裏切り、扉の向こうから現れた姿に息を飲む。

 そこに立っていたのは、まぎれもなくカロリーナだった。


 ただし、いつもの美しいドレス姿ではなく、下町にいるような貧しい女性のような服装で、なおかつむき出しの腕には包帯が巻かれていて痛々しい。

 少し見ない間に彼女に一体何があったというのだろう。


 わたしは反射的に問うていた。


 

 




 

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