カナリア軍団の夏

吉田定理

本文

「お願い。ブラジル部に入って」

 隣の席の一ノ瀬さんにいきなり手を握られて、僕は心臓がのどから出かかった。

「ど、どうしたの?」

「ブラジル部を作りたいの。佐藤くん、帰宅部でしょ?」

「そうだけど」

「じゃあブラジル部に入って」

 僕の手を握ったまま頭を下げる一ノ瀬さん。近い。長い黒髪から甘い香りが漂う。

「それ、どんな部なの?」

「文字通りブラジルする部活。メンバーはまだ私一人だけど」

 つまり入部すれば一ノ瀬さんと二人きり? チャンスだ。

「ちなみにあと何人必要なの?」

「今月中にあと十人」

「無理じゃ……?」

 すでに五月の半ば。ほとんどの生徒はどこかの部に所属している。

「でも私、絶対に大会に出たいの。このユニホームを着て」

 一ノ瀬さんは、真っ黄色の派手なユニホーム――ブラジル代表が着ているやつを、カバンから勢いよく出した。その背中には「SATOU 10」の文字。

「これ、まさか僕の?」

「気持ちが先走っちゃって」

「いや、僕、スポーツは……」

「ブラジルはスポーツじゃないわ」

 一ノ瀬さんの真っ直ぐな瞳が、僕を射抜く。

「僕、ブラジルについて何も知らないけど」

「大丈夫。私もまだ知らないから安心して」

 一度きりの、特別な夏が始まる。

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カナリア軍団の夏 吉田定理 @yoshikuni027

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