第15話 邂逅
「ぐ、ぼぇ」
剣の腹で横殴りにされたアルスくんは、その勢いのまま数メートルほど吹き飛んでいく。
流石に聖剣の斬撃を人体に浴びせるわけにはいかないので、魔剣の一撃を打ち破った後は出力を解除して殴ったが、運動エネルギーはすぐには消えない。
大地の上を何度も転がり、先にあった岩に激突すると、ようやく彼の体は停止した。
動きはない。白目をむいて意識を飛ばしている。
つまり、僕の勝ちだ。
「……や、った?」
何度も目を閉じては開いてを繰り返す。
手を握っては開いてを繰り返して、頬をつねっては離してを繰り返す。
そうやって無意味な反復動作を何度も繰り返した末、僕はようやく現実を受け止めることに成功した。
「勝ったんだ、僕」
万年無能の僕が、学園主席の天才に打ち勝つ。
そんな馬鹿みたいな夢物語が現実になったことを認識して、僕は心からの勝鬨を上げた。
「やった────!!」
「よくやった、ユウ」
「ってうわぁぁあ師匠!?いきなり現れないでください!」
「ちょっと気配消したくらいで情けねぇな」
ちょっと買い物行くかのノリで気配を消さないでもらいたい。
「いやあ、完全に後手に回った時は何やってんだ馬鹿間抜けと思ったが」
「言いすぎでは」
「結果的に勝てたから及第点だろ、ハッハッハ!」
強めに背中を叩かれる。彼なりに褒めてくれているのだろうが、とても痛かった。
とはいえこれも愛情表現の一種なのだから、甘んじて受け入れよう。
……いや、やっぱり痛いからやめてほしかったが。
「お見事ですユウ様」
「ボンゴレちゃん、ありがとう」
「はい。空気を足場に接近したことは賞賛に値します。それ以外は完全に振り回され最後も聖剣の性能便りの力勝負だったとはいえ、とても鮮やかでした」
めっちゃ的確にボロカス言ってくるじゃん。
何が辛いかって的確すぎて言い返しようがないところが辛かった。
最後の奥の手対決の鍔迫り合いで負けていたら、敗北していたのはこっちの方だったのだ。
心に刺さる正論に返す言葉を選べないでいると、彼女の帽子の表情が喜びに満ちた形に変わっていた。ドSかな。
「気にすんな、勝ちは勝ちだ。オマエはオマエの武器を使ってあのガキに勝った、それがすべてだよ」
「師匠……」
「偉いぞ、ユウ」
優しく頭を撫でられる。
普段はガサツで粗野で乱暴な賢者が今は天使や女神の類に思えて仕方がなかった。
「さて、回復回復っと。『
ひとしきり僕を褒め終えた賢者はアルスくんの方に近寄ると、しゃがみこんで緑色の光を放ち、彼の傷を癒した。
当たり前のように治癒魔法を使いこなせるあたり流石は賢者といったところか。
瞬く間に裂傷や打撲痕が治療されていく。
やがて外傷一つ見当たらなくなると、アルスくんの目蓋が開いた。
「ハッ、こ、ここは……俺、なんで寝転がって……」
「オマエは負けたんだよ。オレのユウにな」
「ユウに、負け」
そこまで聞いて倒れる直前の記憶が蘇ったのか、怒りに満ち満ちた表情に早変わりする。
だが外傷は治っても体力は戻ってなかったのか、手足は小鹿のように震えていた。
「ありえねぇ、俺が……あんなクソ雑魚にぃ……!!」
「おいおい落ち込むなって、オマエはよくやった方さ」
賢者は慰めるように、しかし語調は煽るようにアルスくんに言葉をかけていく。
「試験に受かったばかりのひよっこが『聖剣の勇者』相手に善戦できたんだ。一生誇っていいと思うぜ?ま、ユウはかすり傷一つ負ってねぇがな」
「ッッッ」
決定的な一言だった。
確かに決着がつくのが一瞬すぎて、僕の方は傷一つなかった。
でもそれは単にそういう勝負の流れだったからであって、彼と僕との実力差がそこまで乖離していたという訳ではない。
しかし賢者の名は話術でも伊達じゃないというのか、巧みに誤解を誘うことでアルスくんのプライドを粉々に打ち砕いてしまった。
恐るべし、賢者。
「クソッ、クソォ……!」
「…………」
かける言葉が見つからなかった。
多分僕が何を言っても嫌味になる。
嫌な奴だが、ここまで落ち込まれると哀れみさえ覚えてしまう。
勝利の美酒には酔えたが、覚めるのも早かった。
「……行きましょう、師匠」
「なんだ、一言文句でも言ってやらなくていいのか?」
「はい。彼に勝てた、それだけで満足です」
長らく目の上のたん瘤だった相手を打ち負かし、自分の実力を証明できた。
その事実さえあれば僕は十分だった。
賢者みたいに性格の悪い人間だったなら容赦なく徹底的に追い込もうとするのだろうが、そこまでする気にはなれなかった。
「そか。ま、そっちのがコイツには効きそうだな」
賢者も納得してくれたのか立ち上がって、
「おっと、その前にちょいと失礼」
離れる直前、アルスくんに謎の魔法をかけていた。
それが何なのかは分からないが、悪いものではないと信じたい。
この場から立ち去ろうとして、最後に一度だけアルスくんに視線を向ける。
這いつくばって何度も地面に拳を打ち付ける彼の姿を目に焼き付けて、僕は演習場を後にした。
☆
職業:ゆうしゃの免許証発行は、試験から三日後のことだった。
無事職員さんから受け取ると、僕はまじまじと特製のカードを見つめる。
偽装ができないよう特殊な魔法で刻まれた文字や透かしによって正当性が担保されているそれは、勇者のみが持つことを許された憧れの証だった。
それを今、僕が持っている。
その事実だけで涙が出てきそうだった。というか出た。
「おぉ、これで晴れて僕も正式な職業:ゆうしゃに……!しかもBランク……!」
受け取る際、職員さんからも褒めてもらえた。
一度の試験で二人もBランクの合格者が出てくるのは珍しい、と。
職業:ゆうしゃはDからSまでの五段階のランクに分かれており、Bランクというのは平均的な勇者が一生をかけて到達できるかどうかの高ランク。
就職早々その地位に着けたのは破格といっても過言ではなかった。
「よくやったな、オレからも褒めてやる」
「うへへ」
「まあオレは最初からSランクだったけどな」
「…………」
めっちゃマウント取ってくるじゃん……。
「これまではオレが受けた依頼をオマエに代わりにやらせてたが、これからは正式にオマエ自身が依頼を受けて職務をこなすことになる。つまり失敗の責任もまたその双肩にかかってくるってことだ。心してかかれよ」
「っ、はい」
賢者の庇護下で勇者見習いとして、ある意味では無責任に努力していたのとは訳が違う。もしも被害を出してしまったら、その責任の矛先は僕へと向けられるのだ。
プロとして、一人前の勇者としての重圧が心身に降りかかる。
途轍もない重みだ。けれど、嫌いではなかった。
「そんじゃ修行の第一段階は合格ってことで、お次は第二段階に移ると──」
「──あれ、ユウくん?」
しますか、と賢者が続けようとした台詞を誰かが横から遮った。
どこか聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこにはセレナさんが立っていた。
「セレナさん!?どうしてここに」
「どうしてって、そりゃあモチロン職業:ゆうしゃとして晴れてデビューすることになったからだよ!」
えっへん、大きく胸を張って自慢する姿はとても可愛らしかった。
どうやら彼女も試験に合格していたようだ。友達として気がかりだったが、安心して胸をなでおろした。
「ユウくんの方こそ、ここにいるってことはもしかして……?」
「うん、合格したよ」
「わぁ、すごい!!えへへ、ユウくんなら絶対受かると思ってたよ!」
免許証を見せ合って互いの合格を称えあう。我がことのように喜んでくれるのは嬉しいのだが、両手を握られると物凄く照れ臭かった。
「あ、そうだ!ユウくん、あの日からぜんっぜん見かけなかったけど今までどこにいたの?」
「え!?それはその、ちょっと諸事情により王都を離れて色々な場所を巡っていたというか」
「諸事情って?」
「複雑な事情……」
「複雑な事情……それなら仕方ないか」
アルスくんと違って誤魔化しやすくて大助かりだ。
ほっと一息ついたところで、服の裾を誰かに軽く引っ張られた。
「ユウ様、このお方は?」
「ボンゴレちゃん。この人はセレナさんって言って、学園時代の唯一の友達だったんだ」
「初めまして!あたしはセレナ。ユウくんとはずっと落ちこぼれ仲間として仲良くさせてもらってました!」
「ご丁寧にどうも。私はボーンゴーレムです。以後お見知りおきを」
「ボーン、ゴーレム……?どこが……?」
分かるよ、僕も初見は同じ反応を返したもの。
未だに彼女のボーンゴーレム要素が欠片も掴めていないくらいだ。
敢えて挙げるとするならば女性?の体つきに触れるのは無礼だと承知の上で、その骨と皮だけしかないような小柄な矮躯くらいなものだろうか。
「じゃあ、そっちの黒いローブを着た人は?」
「僕の師匠だよ。えっと、名前は……」
続けようとして、固まった。
賢者は自分の正体を隠している。ここで馬鹿正直に賢者だのリオルカだのと答えるのは彼の意志に反するだろう。
どうしよう。悩んでいたら、賢者本人が助け船を出してくれた。
「フ、名乗るほどの者じゃねぇよ」
助け船は助け船でも泥船の類だった。
「ところで小娘、オマエ勇者としてのタイプはなんだ?」
「小娘って、見た感じ同じ歳じゃ?」
「いいから答えろって、ほらほら」
「えぇ~……そ、僧侶タイプだけど」
「ほう!そりゃあよかった」
「ちょっと師匠!いきなり馴れ馴れしすぎますよ!」
この人は他人との距離感を掴めない、というより掴んでいながら敢えて無視する悪癖があった。初対面だろうがお構いなしにパーソナルスペースに踏み込んでいくのだ。
「いやなに、打ってつけの人材なもんでついな──お、噂をすれば」
賢者が会場の入り口の方へ視線を向けた。
僕たちもつられて同じ方へ顔を向けると、タイミングを見計らったかのように扉が開いた。
現れたのは、先日打ち負かしたばかりのアルスくんだった。
「あ」
「あ」
お互い予期せぬ邂逅に思わず間抜けな声を出してしまう。
そのままたっぷり数十秒は硬直する。考えてみれば同じ免許証を受け取るのだから出会う可能性はあったというのに、まるで想定していなかった。
ようやく状況を呑み込み終えるが、ばつが悪くてどう対応したものか迷う。
それは彼も一緒のようで硬直が続いていた。
そんな僕らを一切気にすることなく、賢者が拍手を鳴らした。
「よしよし。想定外の人材が一人加わったが、これでようやく修行の第二段階に進めるな」
「第二段階、ですか?」
「ああ」
賢者は翡翠の瞳を細め、にっこり笑いながら言った。
「オマエら、パーティを組め」
『は????』
ハモった。
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