職業:ゆうしゃがありふれた世界で〜無能と蔑まれ追放された少年が最強の勇者を目指す〜

むべむべ

『聖剣の勇者』ユウ編

第1話 追放

「聖剣も抜けないクズめ。貴様のような恥晒しは我が一族から追放させてもらう」


 冷たい氷のような宣言を発したのは、白髪混じりの毛髪をオールバックにまとめた男性だった。

 名をガゼル・フォウリスワード。

 貴族の中でもとりわけ有名で、民衆からの認知度や人気でいえば王族にさえ匹敵するとされるフォウリスワード家を取り纏める現当主だ。


 そんな彼に冷徹な眼差しを向けられている少年の名はユウ・フォウリスワード。

 ──即ち、この僕本人であった。


「追放、というと」

「言葉通りの意味だ。今代『聖剣の勇者』は貴様のようなゴミではなく、分家筋の優秀な人間に任せることとする」


 そんな横暴な。

 そう口挟みたい気持ちもあったが、自分にはそんな資格がないと理解しているので、言葉が喉を超えなかった。


「我ら一族は代々始まりの勇者たる『聖剣の勇者』より受け継ぎし秘宝を手に、数多の魔物を屠ることで名を馳せてきた。だというのに貴様ときたら……」


 ギロリ、鋭く凍てついた視線が僕を差す。


「ただ一人の直系の血筋だというのに、齢十六にして未だに聖剣を抜くことができない!これだけでも『聖剣の一族』の名折れだというに、更には魔法も使えない出来損ないときた!」


 机を砕かんばかりの勢いで振り下ろされた右拳が大気を震わし、心臓を揺さぶる。

 そこに込められているのは怒りの感情だった。

 一族の名を汚す愚物に対する、虫にすら劣る薄汚い畜生への侮蔑があった。


「職業:ゆうしゃ育成の専門機関に通わせて早三年、一つでも魔法は覚えたか?一体でも魔物は倒せたか?」

「……い、いえ」

「この役立たずが!!!!!」


 張り裂けんばかりの声量で罵倒が放たれる。

 だが僕には言い返すことはできなかった。

 なぜなら彼──僕の叔父にあたる──当主の言葉は全てが否定しようのない事実だったからだ。


 僕は聖剣が抜けない。

 本来抜けて然るべきそれを、ただ鞘におさまっただけの鈍としか扱えない。

 更には魔力もそこらの平民以下で、簡単な初級の魔法すら使えない。

 勇者の前提条件でもある身体強化すらこなせないのだから、当然魔物も倒せない。


 ないない尽くしの無能。

 それが僕、ユウ・フォウリスワードだった。


「貴様の父親は、気に食わんが実力だけは確かな男だったというのにな!その息子である貴様は気に食わん性格だけを受け継いだ無能ときた!」

「ッ……!」

「我が一族に勇者の勤めを果たせぬ無能のゴミは必要ない!荷物をまとめてこの家からさっさと去ねィ!!」


 それが最後の宣告だった。

 もうかける言葉はなにもないとばかりに、当主は背中を向けた。

 こちらからかける言葉も、もうなかった。

 僕は全てを諦めて一礼すると、その場から立ち去るのだった。



 絶望。今の僕の気分を表す言葉があるとしたらそれを置いて他になかった。

 肩に重くのしかかる深い重圧。

 足取りが覚束なくなるほどの浮遊感。

 相反する二つの感情を両立させるほどの絶望が、泥のように体に纏わりついて離れなかった。


「……追放、かあ」


 ふと、これまでの人生を思い返す。

 幼い頃はまだ良かった。

 愚直に自分の可能性を信じてひた走れた。

 いつか自分も父のような立派な勇者になるのだと、辛い鍛錬でも積極的に努力できた。


 全てが狂ってしまったのは、きっと父が死んだ八年前のあの日からだろう。


『悪いな、ユウ。父さんはこれから魔王討伐に行かなきゃならない。これは職業:ゆうしゃとして……なにより『聖剣の勇者』として課せられた使命なんだ』


 ポン、と頭に大きく無骨な手が置かれる。

 悲しかったけれど、父は勇者として多忙な毎日を送っていた。

 誕生日でも容赦なく仕事に駆り出される、なんていうのも珍しくはなかった。


 だからその時も、僕は少しだけ残念な気持ちに目を伏せながら、笑顔を浮かべて見送りの言葉を並べたのだ。


『いい子だ、流石は俺の息子。俺がいない間、母さんを守ってやるんだぞ』


 うん、と頷いたのを思い出す。

 続けて、父が口にした言葉と一緒に。


『いいか、ユウ。これだけは覚えておけ』


 それは父がいつも僕に言って聞かせる文言だった。耳にタコができるほど聞かされて飽き飽きしてたけど、その時は何故かいつもより印象深く聞こえたのだ。


『勇者ってのは、魔物を倒す奴のことでもなければ、人を助ける奴のことでもない。勇者ってのは──』


 その続きを、いつしか忘れてしまった。

 あんなに教えられたのに、記憶の彼方で風化して消えてしまっていた。


 唯一覚えていること。

 父はそれを最期に帰ってくることはなく──ただ遺品である聖剣の重さだけが、いつまでも脳裏に刻まれていた。


「……クソッ」


 その遺品も、僕の手元から失われてしまった。

 唯一残っているのは、ただの装飾品として代々伝わってきた首飾りのみ。

 これだけはお情けとして所持することを許された。


 けれどそれだけ。

 もう僕は一族から追放された。

 ただでさえ抜けもしない聖剣だったが、この手に収まることは金輪際ないのだと確定してしまったのだ。


 思わず悪態をついてしまうのも仕方ないだろう。

 吐き出しようのない感情を胸に燻らせていると、不意に廊下である人物と遭遇した。


「……あら」

「か、母様……」


 それは僕の母親であるエルシア・フォウリスワードだった。

 生絹のように優雅に流れる栗色の髪に、宝石のように輝く瞳、そしてきめ細やかな白い肌──だったのは昔の話。


 枝毛だらけの乱れ髪、濁ったように暗い瞳、そして傍目からでも分かるほどに荒れた肌。

 無理もない。

 ただでさえ父を亡くした心労で参っていたというのに、畳み掛けるように僕の無能っぷりが明らかになっていったせいで、周囲から罵倒され一族内で冷遇されてしまったのだ。


 そのせいで美しかった外見は見る影もない。

 この世の全てを呪うような眼差しに、一歩後ずさってしまった。


「……おぞましい。貴方に母様だなんていわれたくないわ。二度とそう呼ばないでって何度言えば分かるのかしら?」

「も、申し訳ありません……」

「……まあいいわ。どうせもう貴方と顔を合わせることなんてないのだし。一族から追放されるんですって?ご愁傷様ね」

「ッ……!」


 母はそのまま一歩ずつ緩慢とした動きで近づいてくると、すれ違いざまにこう言った。


「──貴方なんて、産むんじゃなかった」


 それが母にかけられた最後の言葉だった。

 優しさや温かみなんて欠片もない、どこまでも冷たい別れの一言。


「……クソォ……ッ」


 拳を固く握る。

 僕にとっての全てが失われたという現実が、実感を伴って襲いかかってきた。

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