第2話 転生2
「よかった! これでようやく本題に入る事ができますね!」
「そうだな。話を逸らしてしまって悪かった」
「いいんですよ、それはもう。それで……どこまで話したでしょうか?」
「俺が死んでしまった、ってのは聞いたが」
俺がそう言うと、途端にミオネ=アウレリケさんの表情が曇った。
「……そうでした。その事について話していたのでしたね。犬童さんにとっては受け入れ難い事実だとは思います。ですが現実は変わりません。例え辛くとも、どうにか受け入れて頂くしかないのですが……」
「とはいえだ。言葉だけで死んだと言われても、俺も納得し辛い。何か証拠になるものはないだろうか? 俺が死んだ事の証明になるような、何かが」
常識的に考えればそんなものを用意するのは不可能だと思うが。
意識が継続している以上、俺自身は自分が死んでいないと考えている。死後の世界を見た事がない以上、それは当然のことだろう?
さっきまでのやり取りはなんなんだよ、と聞かれるとアレだが。
あのやり取りで見極められたのは彼女の人間性や人格、それになんか凄い力だ。彼女が意図して嘘を吐くような人物ではないと分かっただけで、それがイコールで彼女の発言すべてが真実である、なんて考えるほど俺は脳内お花畑な人間じゃない。
……いや、単純に信じたくないのかもしれない。
だって彼女の言葉を信じるなら俺は死んでいる訳だろう?
そりゃ生きるのがちょうたのしー! と言えるほど成功していた訳じゃない。
けど別に死にたいと思うほどに人生失敗していた訳でもなかった。
程々に楽しい事があったし、程々に辛い事があった。
やりたい事、やり残したことだって山ほどあるんだ。
だというのに死にたいと思うほど、俺は追い詰められちゃいなかった。
彼女は証拠と聞いてからうーん、と眉根を寄せて悩んでいる。
俺はこのまま彼女が何も思い付いたりしないよう、秘かに祈った。信じている神様がいるわけじゃないから、祈る対象は特にいなかったけども。
……まあ、俺の祈りは早々に破られる事になるわけだが。
「あっ! 良い方法がありました。これなら実感できるはずです」
「良い方法? 一体どんな方法なんだ」
「私と握手しましょう。それで死を実感できると思います」
「握手だと……? それで死が実感できるってどういうことだ」
まるで意味が分からない。
握手にそんな特別な意味があったのか?
聞いた事もないが。
「ほら、犬童さん。どうぞ私の手を握ってみてください」
「あ、あぁ。分かった分かった」
促されるままに、差し出された彼女の手にこちらも手を伸ばす。
お互いの手が触れそうになり――しかし。俺の手はミオネ=アウレリケさんの手に一切触れる事無く、そこに何もないかのように空を切った。
「――は? ど、どういう事だ。なんで触れない?」
もう一回。もう一回。もう一回。
何度握手しようとも触れられない。
俺の手は空を切るばかり。
しかも見間違いじゃなければ、透けているのは俺の手だ。
俺の手はちゃんとここにあるはずなのに。確かに存在しているはずなのに、こちらへと伸ばされた彼女の手に触れる事すら出来ない。
「これは……俺の身体は一体どうなっているんだ?」
「犬童さんは今、身体を失っている状況にあります」
「身体を失っている……?」
「つまり、魂だけで存在しているという事です」
分かりやすく言えば幽霊ですね、と口にする彼女。
「死んだ事で魂が身体から抜け出し、輪廻の輪に戻る為にこの魂の間へとやってきたのです。犬童さんが今も自分の身体があるように感じているのは、死んだ自覚がないまま魂の間へと来た事が原因で生まれた、一種の錯覚です」
「錯覚……じゃ、じゃあ今見えているこの真っ白な空間も、あんたの姿も、俺自身の身体も、全部が全部俺がそうあるように感じているだけだって言うのか?」
動揺から震えていた俺の言葉に、彼女は深々と頷いた。
「はい、その通りです。実際ここには何もありません。ただ無だけが広がっている世界に、犬童さんを含めた無数の魂がぷかぷかと浮かんでいるだけ。私自身も、本来であれば人が知覚できるほど小さな存在ではありませんから」
後ろを向いてくださいと言われ、素直に振り向く。
「うわっ!? ひ、人? めちゃくちゃ人がいる!?」
「犬童さんにはそのように見えるのですね。私にはそれら全てが濁った人魂に見えています。現世で亡くなり、輪廻の輪へと入るのを待っている魂たちです」
「……つまりこれ全員死んだ人か。お、多いな?」
「世界中の死者の魂がここへ来ますから。必然、その総数は膨れ上がります」
ここにいる人すべてが死んだ人だと思うと不思議な気持ちになる。
しかし確かに死んでいるのだろう、と思える人も大勢いた。
大多数は5体満足ではあるのだが、中には体の一部を失っていたり、むしろ残っている部分の方が少ないような人々がチラホラ見えるからだ。
何かしらの事故や事件に巻き込まれてしまったのだろう。
彼らが死者なのだと言われれば、まあそうなのだろうな、としか思えない。
「彼らと共にここにいる。これはあなたが死んでいる証拠になりませんか?」
「……そうだな。流石にこんなもんを見せられれば、否定する気にはなれない。認めるよ。俺は、本当に死んでしまったんだな」
「はい。残念ながらあなたは――犬童アシキさんは死にました」
自分の死を認めた途端、ドッと身体が重くなった。
まるで地の底へと引き寄せられているみたいに。
もしかして地獄も実在していたりするのだろうか?
あの世みたいな場所があった以上、天国や地獄の実在にも可能性が出てきたんじゃないだろうか? まだ誰も実在の証明が出来ていないだけで。
どちらにも行きたいとは思わないが。
「は、はははっ。そうか……やりたい事はまだまだあったんだけどな」
「犬童さん……。私がミスをしてしまったばかりに」
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