西土成町大通り沿いコンビニの深夜客たち
智bet
オカくん(21)とスズちゃん(21)と生ハムとベーコン
結局のところ真に人の心を動かすに相応しいのは、“メンヘラ”や“病み系”という言葉がなかった時代に“文豪“や“詩人”という名称で一括りにされていた自殺願望不法所持の人間が考えた、死臭のする沼に引きずり込むような心中ポエムではなく、「好き」や「愛してる」といったストレートに気持ちを伝えられるような言葉なのではないか?
「っていうことをなんとなく考えたんだけどさ、スズはどう思う?」
「…いつもそんなこと考えながらエッチしてるわけ?」
“きもっ。”と言わんばかりに冷たいトーンを孕んでいる、質問というよりは詰問に近いスズの返答を聞いたので、やっぱり回りくどいよりはストレートな言葉が1番なんだなと確信を持てた。
だけど、正解は得てもこうなった時のリカバリー策までは考えてなかったな。
「いや賢者モード中にね?さっきよ、さっき。終わったあと。」
という、これ以上の追及を打ち切るための彼氏の威厳とかそんなものは微塵も感じさせない、なんとも情けない言い逃れをした。
完全白旗宣言である。
無言タイムが来る前にスズの肩に手を回そうとするとご機嫌取りで抱き寄せようとしていることを察されたのか、親指で頬をぐりぐりと押されてあえなく退散。取り付く島がない。
…ピロートークってこういう、普段ならゲロ吐きそうにベタ甘なポエムっぽいことを言っても燃え上がった行為と好意の余熱とかでなんか許されそうな気がするんだけどなぁ。
俺たちみたいな、将来のためになんか努力してるわけでもない大学生ってこういう、内に内に潜っていくばかりで結局出口のない厨二病の延長線みたいな、実生活で役に立つこともなければ進歩するわけでもないモラトリアムな会話をするもんなんじゃないのかな?
閑話休題とばかりに暗闇の中ベッド脇のウィルキンソンを手探りで掴み、唾液とその他諸々の液が絡んでねちゃねちゃした口の中を炭酸でスッキリさせると、スズが私にもちょうだいと言わんばかりに俺の肩を叩いた。
行為中には気にならなかった肩へ強めに付けられた噛み跡が今になってひりひりと痛み始めるのを感じたし、スズも“乾いて”しまったのかそこら辺をまさぐって下着を探し始めたので“今日はもう終わりだな”という、熱の冷えていくような空気がお互いの間で流れるのを感じる。
「そういえばさ、なんか部屋のアロマ変えたくない?多分あれでしょ、この前ワッツで見てた細長いパッケージのやつ。」
「あ、分かった?」
「そりゃね。えー、でもさでもさ、前のシトラスのやつの方が良くなかった?無印の。緑茶の香りとかもあったじゃん。」
スズがスンスンと鼻を鳴らして違和感アピールをするものの、射精と2時間あまりのメイクラブによってすっかり色ボケした俺の鼻ではスズの汗となんかフェロモンが混じった甘いピンク色の体臭を捉えてしまうばかりでよく分からなかった。
「液漬けのやつはスティックがカビるからさぁ…てか湿気でカビてたから捨てたし。これはスティックだけのタイプだから安かったしたまにはって思って変えてみたんだけど…海外製はやっぱ独特に感じるとかあんの?」
「独特…というか、なんかこのバニラ?ココナッツ?は、なんか変に香りがもったりしてるというか、あんま今嗅ぎたくないかも。」
そう言ってスズは俺の胸板に顔を寄せて深呼吸を始めた。
思い出すのはいつだかホテルデートした時のこと。
たまたまその日はムラってたので部屋に入ってすぐ狼と化しベッドに押し倒そうとした俺を制止しながら、
『シャワー浴びないと嫌いになるし、シャワー浴びさせないと嫌いになるよ』
と言うくらいには清潔感や汗臭さを常日頃から気にしているスズが、汗かきたての俺に今こうやって身体を寄せている。
つまり、このアロマよりも俺の汗ばんだ胸板の方がマシってことかぁ、相当だな。
うーんしかし、なんとなく優越感。
「ま、そのうちね。」
そんな他愛もない話をしてしばらくスズと抱き合ったり髪を梳いたりしながらイチャついていると、合唱やオーケストラというよりはデモ隊のシュプレヒコールのような喧しさを覚えるカエル共の鳴き声が外から入り込んでくる。
いやむしろ、スズのことばかりを見ていたから疎かにしていて気づかなかっただけかもしれない。
スマホを見ると深夜1時を差すところだった。
「もう夏じゃんね。」
「…アイスでも買う?寝る前にシーツもファブっときたいし。」
最近は夜でも気温が上がってきたし、今日はいつもより汗でシーツがしっとりしている気がする。
まぁ、スズは正常位…というかお互いの顔が見える体位がお好みのようなのでその系統をチョイスしてセックスしていれば必然、ベッドに身体が触れる面積は大きくなるため終了後は普段からしっとりしているんだけども。
たまにはと気分転換に体位を変えることもなんか嫌がるし。
なのでセックスをした後は大概コンビニに行ってなんかしら購入し、ファブリーズが乾くまでの間に軽い酒盛りをしてから寝る、というのが付き合い始めてお泊まりセックスイベントを終えてからの恒例になっていた。
スズの開いたり塞がったりして頻繁に変動するピアス穴の現在個数は忘れてもこの習慣だけは忘れたことがない。
「行こ。」
そう言って電気を点けたスズが着ていたのはヴィレヴァンで買った頭の悪い柄をしている俺のTシャツだったため、じゃれつつも容赦なく剥ぎ取り改めて2人、深夜のコンビニへ酒とツマミを買いに出かけたのだった。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
聞き慣れた入店音に出迎えられ、街灯の乏しい夜の異界から近場にある冷房のよく効いた最寄りの文明世界へと舞い戻った。
なぜか俺たちが行くといつもいる
「しゃっせ」
と気の抜けた挨拶だけして、カウンター下のスマホに再び目を戻していた。
俺達も彼を気にすることなくアルコール類の入った冷蔵庫へ向かいレモンサワーやら度数の低いチューハイやらの学生好みなアルコールをがしゃがしゃとカゴへ適当に突っ込み始める。
3人だけのコンビニでは店内ラジオだけが虚しく賑やかだった。
「甘いのしょっぱいのならどっちから?」
「そりゃしょっぱいのでしょ。」
そう言ってクロックスをぺたぺたと鳴らしながらスズが先導して棚の隙間を歩いていく。
濡れも乱れもそのままに雑に縛ってまとめただけで、事後からほぼ変わらない状態の左右に揺れる髪を見ているとやっぱりこの姿のスズはいつ見ても可愛いよな、と思う。
オシャレ好きの本人には絶対言えないけど。
俺の彼女可愛いっすよね、と八木さんにも自慢したいくらいだ。
美人も3日過ぎれば飽きると昔どっかの誰かが言ったように、恋人だって部屋に3回も泊めればカッコつけて手間のかかる料理を作るのも部屋着にすら丁寧にアイロンをかけるのにも正直めんどくさくなってくるものである。
幸い、スズはオシャレに反して食べ物に対してはこだわりの少ない、連日マックでも許せるタイプの人間だったので、部屋に泊めるようになってからはだらしなくも正直な食生活に戻るまでが早くて助かった。
外歩きの姿も好きだけど、部屋では飾らない姿をいつも見せてくれる、そんなスズが好きなのだ。
「じゃがりこの明太チーズもんじゃってなんかずっと置いてない?」
「いやあんま気にしたことないけど。」
「正直、レギュラー張れる器じゃないと思うんだけどなぁ…ポテロング置けばいいのに。もうパチ屋にしか置いてなくない?あれ。」
「しらんがな。」
俺の見てないところでパチ屋に行ってる疑惑に関しては今のところ静観の方向で行こう。
「ようようオカくんよぅ、よりによってチョコ塗りのポテチはないって。のり塩にしときなって。」
「これはこれはスズさん、いつも同じものばっか食べてないで新規開拓するのは大事ですよ?上だけ舐め取ればチョコ単品になってあらお得」
深夜特有の脳を経由しない脊髄止まりの適当な会話を交えつつ適当にツマミを入れていき、最後に俺は生ハム、スズは薄切りのベーコンをカゴに入れる。
「ほんと生で食うの好きな。」
「むしろなんで皆そんなに生ハムをありがたがるのか分かんないんだよね、こっちのが安いし、しょっぱさだって同じなのにさ。」
スズと最初に夜を過ごして、夜のコンビニへ行ったあの日。
朝ごはんでも作ってくれるのかしら、なんて思ったのも束の間、フィルムを剥がすと切り分けるでもなくパックからベーコン丸ごと1切れを手づかみしてそのまま食らう様は最初見た時獣か何かのようで正直引いたけど、今はもう慣れた。
俺もたまに分けてもらって冷えたままのベーコンを食うけど、疑念を持って食っていた当初の頃に比べれば歯に脂身が引っ付く以外はなかなか悪くない、と思う。
ただし、スズは恐らくグレイビーソースを信仰するメリケンの人間と結ばれることは生涯ないだろう。
こいつが海外に行くのも、スーツを着てインナーの入った髪を真っ黒に戻して就活する姿すら今の俺には想像もつかないけれど。
スズが朝俺よりも早く起きて卵とベーコンを焼いてくれる、なんて日はいつか来るのだろうか?
そうなったら深夜のコンビニなんて行かずにスーパーの特売コーナーとかに行くのかね?などとぼんやり考えながらカゴをレジへと運んでいく。
「袋もあ…」
「ありで。」
「1293円です」
今まで気にしていたこともなかったのだが八木の手つきは明らかに袋代3円を事前にレジへ打ち込んでいたものだった。
俺たちの会話も店内で延々流れるラジオもどうでも良さそうにしている店員の八木は会計中、カゴの中に入った生のベーコンを特に気にも留めることをしないが、俺がいつも袋を貰うことは覚えているらしい。
俺達の今後の未来とかってどうなると思います?と問いかけようかと思ったものの、
「
と素っ気なく言われる未来しか見えないのでやめた。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
部屋に戻ると深夜の2時前になっており、セックス後恒例のカロリー的に少しだけ罪深い宅飲みが幕を開けたのだった。
「スズって高校の頃深夜出かけたりした?」
「正月とか夏祭り後なら…けどまぁ、いつもやってるこういうのはなかったよね。」
「そんなもんよな。」
「なに急に。」
「いつから俺ってこんなに夜が平気っつうか、夜と仲良くなったのかなって思ったわけよ。」
カエルの鳴き声が耳に入り二人の間に無言の時間が流れていることに気づいた。
スズはレモンサワーの缶に口を付けたまま俺の目をじっと見ている。
「…今日とか、なんか最近になってやたら難しいこと言うけどさ。コンビニでもなんか考えてる風だったし…オカって詩人かなんかに目覚めてんの?」
「別にそんなこっちゃないけどさ。なんとなくよ、なんとなく。」
長いベーコンを噛み切りながら俺を訝しげに見るスズの顔を見てなんとなく笑えてくるのは深夜テンションだからだろうか?
「やっぱスズは可愛いな、って色々考えてたわけよ。」
俺がそう言うとスズはそっぽを向きながら俺の生ハムを1切れ口に放り込み咀嚼しながら、
「…やっぱにちゃにちゃしてる。」
気持ちが悪い、と言いたげな声を出してレモンサワーで流し込んでいた。
シーツにかけたファブリーズも乾いたところで酒も尽きたし、シャワーを浴びて雑に歯磨きをしてから再びベッドに入る。
タオルケットを2人で共有しながら目を閉じていると、ふと手を握られた。
「オカはさ、私のことちゃんと好き?」
かれこれ2年間付き合って、半同棲している今更だからこそなかなかに難しい質問に対して俺はストレートに
「好きだよ。」
と答えると、スズが少し身体を寄せてきたので
「ベーコンを生で食ってるとこが特に好き。」
と、追いうちをかけてやったところ肩にいい匂いのする頭を擦りつけてきた。
セックス中に噛まれた箇所が鈍く痛み、それと同時に先程齧られたベーコンに付いたスズの歯形が脳裏をよぎる。
「別にちゃんと好きならさ、それでいいじゃん?いつもと違ったことしてみたり、難しいこと言わなくてさ。」
変なとこ行っちゃやだよ、と最後に言い残して、スズは俺に抱きついたままやがて小さな寝息をたて始めた。
夜の町を出歩くのはいいのか、なんて苦笑するとふと、スズのシャンプーとは違う甘い香りに鼻をくすぐられ、あの新しいアロマの香りだと気づく。
たしかに、ウィルキンソンやベーコンとはあまり合わない香りかもしれない。
無印のやつは高いけど、たしかに前のアロマに戻した方が良さそうだし、明日は帰りがけに一緒にロフトへ行くことにしよう。
そんなことを考えているうちに俺もうとうとし始めて歯形の付いたベーコンの光景と肩の痛みがゆっくりと遠くなっていき、やがてカエルの鳴き声も聞こえなくなったのだった。
今日も何も変わらない夜が更けていく。
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