第3話 湖中からの強襲

 それは一瞬の出来事だった。


「あぶねぇ!」


 急に腕を引っ張られたと思ったら次の瞬間、私の身体は真横へと飛んでいた。


 ――バシャ!


「きゃっ!?」


 左腕に強い痛みを感じた時にふと見えた私の元いた場所には体長二メートルはある大蛙が獲物を捉えそこねたとばかりに顔をキョロキョロさせながら辺りを見回している。


「大蛙一匹か。なら問題ない」


 ダリは大蛙がこちらを認識する前に既に抜き身となった剣を両の手に持つと一直線に突進して行く。


「はぁっ!」


 ダリは素早い動きで大蛙との間合いを詰めるとその喉元へと剣を深々と差し込んでから縦に力まかせに斬り下ろした。


「グゲゲゲ――」


 喉元から腹を斬られた大蛙は口から泡を吹きながらその場に仰向けとなり動かなくなる。


「ふう。いきなりだったからちょっとばかり焦ったぜ。嬢ちゃん怪我はないか? いきなり強く引っ張って悪かったな」


 ダリはそう言って地面に投げ出された私の事を気遣ってくれた。


「はい、びっくりはしましたけど大きな怪我はしてません。このくらいの打ち身とすり傷程度ならば下級ポーションで十分治せますよ」


 私はそう言って鞄から自分で作った下級ポーションを一つ取り出してから一気に飲み干した。


「ふう。とりあえず痛みは引いたのでもう大丈夫だと思います。それよりも助けてくれてありがとうございました」


「それが護衛の仕事だからな。ただ、もう少し近くで行動してくれると守りやすくなるのも確かだ」


「はい。すみませんでした」


 私が素直に謝るとダリは笑いながら「それで」と続けた。


「この大蛙はどうするつもりだ?」


「そうですね。解体して持ち帰りましょうか」


 本来ならば薬草の素材を集めに来たのだけれどこうして巨大化した大蛙の討伐に成功した事によりその副産物である素材が手に入ることになったのだ。


「俺の方も魔道鞄は持っているがこれだけ全部は入り切らないぞ」


「そこは仕方ないですね。貴重な部位を優先して取るようにしますね」


 私はそう言って解体用に特化した刃物を自分の魔道鞄から取り出すと皮を丁寧に剥がし始める。


「はー。いつ見ても見事な刃物捌きだな。こんな華奢な女の子が解体とか出来るなんて実際に見てなきゃとても信じられないぞ」


「もう。ダリさんもちょっとは手伝ってくださいよ。お肉は沢山持っていっても良いですから」


「ああ、すまん。コイツの肉はあっさりとしてるが酒と合うから宿屋の食堂に卸してやると喜ばれるんだよな」


 ダリはそう言って私から皮を剥ぎ取った肉を器用に部位ごとに切り分けて魔導鞄に入るだけ詰め込んでいった。


 ◇◇◇


「――さすがにもう入らないか。嬢ちゃんの鞄は素材で一杯になってるだろうから勿体ないが残りは諦めよう」


 ダリはまだ三割は残っているであろう大蛙の肉を目に残念そうな表情でそう告げる。


「そうですね。さすがに生肉を抱えて歩くのはあまり気分の良いものではないですし、匂いに釣られて獣が襲ってくる可能性もありますから埋めてしまうのが一番無難でしょうね」


「勿体ないがそうするか」


 ダリは私の意見を尊重してくれ、比較的掘りやすい場所に埋めてくれた。


「――じゃあ帰りましょうか」


 後始末の終わった地面を見ながら私がそう告げるとダリも頷いてから来た道を慎重に進み始める。


「嬢ちゃん、ちょっと待った」


 帰りの道程を半分くらい進んだ辺りでダリが私を止める。


「何か居ましたか?」


 索敵能力の低い私は彼が何に反応したか判断がつかずにその場に立ち止まって辺りを見回す。


「たいした奴じゃない。ただの角ウサギだがこちらの気配を感じでいるはずなのに逃げる気配が無いのが気になるんだよ」


「確かにそうですね。角ウサギは基本的には臆病で人の気配がすると逃げる事が多いですもんね。それが逃げないとなると怪我をした子供か仲間が居るか……あたりですかね?」


「なかなかの読みだ。おそらくだがそうだろう。こういった時は下手に近づくといきなり攻撃を仕掛けてくるから気をつけないといけない」


「先に仕掛けますか?」


「いや、倒したところで持って帰る余裕はないから攻撃されない範囲で迂回をするとしよう。ついてきてくれ」


「分かりました」


 こういった時の判断は護衛を受け持つ者がする事になっているので私は彼の言葉に素直に従った。


 ガサガサ――


 道を少しばかり外れて角ウサギが居るであろう場所から一定の距離を離れて移動する。


「結局、なんだったのでしょうね?」


 街道に戻った私はダリにそう聞くが彼も「見ていないから推測の域は出ないよ」と苦笑いをした。


「あ、森を抜けましたね。これでちょっと一息つけます」


 森を出て細かった道も馬車の通れる大きな道へと合流し、襲われる可能性が低くなったことで私がホッと一息つくのを見てダリが話しかけてくる。


「なあ、嬢ちゃんには余計な話かもしれんが親父さんはもう街には帰って来ないのか? あいつが戻ってくれば嬢ちゃんがこんなに急いで大変なポーション作りをしなくてもゆっくりと経験を積めると思うんだが……」


 もちろんダリはまだ幼い私に同情して言った発言だったが私としてはあまり触れて欲しくない話題だったので反射的にキツイ態度をとってしまう。


「あんな、娘の事を考えてくれないクソ親父は居ない方が良いんです。確かに私はまだ一人前とは言い難い錬金調薬師ですが必ずアイツを追い抜いてみせます。なので心配してくれるのはありがたいですけど二度とその話はしないでください」


 私の気迫にダリは苦笑いをしながら「すまなかった」と謝ってから「そう言えば素材の……」と話題を別のものに切り替えてくれた。


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