第1430話 結局、平行線。
「仮に、主の功績が、単なる結果論だったと仮定して……しかし、だからといって誹謗中傷の的にしてよい道理はどこにもない。世界を救ったという『結果』が事実であるならば、わざわざ無為に貶める必要はあるまいよ」
カドヒトの『想い』を咀嚼した上での発言。
そんな、バンプティの譲歩に対して、
しかし、カドヒトは、真っ向から『否』の姿勢で、
「バンプティ。お前の仮定には前提が足りねぇ。センエースに対する称賛が過剰でさえなければ、俺だって何も言わないさ。事実だけが、たんたんと並べられている――聖典がそういう本だったなら、俺もモンスタークレーマーになったりしねぇ」
自覚のある暴走。
たとえるなら、あえてブレーキを壊した車みたいなもの。
「歴史を伝えていくのは大事だ。しかし、嘘は、いけねぇ。捏造は、いただけねぇ。俺が言いたいのは、いつだって、単純で明快。『嘘をついてはいけません』っていう、たったそれだけの、ごくごく当然の倫理観さ」
「どのような理由があれ、『命がけで世界を救った英雄を貶める発言を繰り返す行為』は倫理観から逸脱した愚行だと思うが?」
「その思想こそが問題だ、と俺なんかは考えるね。過剰な英雄主義。そいつは、歪みのもとになる。本当に、センエースが、完璧&理想の神だったなら、俺だって何も言わないさ。だが、現実は違う。センエースは完璧な神なんかじゃない。聖典に書かれているのは、完璧に美化された虚像」
とまらない暴走。
決してブレない主張。
その狂気には、もちろん、それなりの理由というものがあって……
「……もし、何かしらの理由で、その虚像が壊れたら?」
それまでの雰囲気とは少しだけ様子が変化した。
カドヒトはまっすぐな目で、
「その時、人は、大なり小なり『信念』を見失う。今まで信じていたもの、目指していた世界、それら全てが嘘だったんじゃないか……そういう疑念に陥る。疑念は歪みとなり、心の隅に巣食う。俺はそれを危惧している」
カドヒトの危惧に対し、
実質的な危機感を抱き切れないバンプティは、
だから、のうのうと、
「ひとはそこまで弱くはない。というより、弱さの飲み込み方を学ぶための書が聖典であると、私は考える。聖典に刻まれた主を手本とし、各々が自己の弱さと向き合うこと。弱さから逃げるのではなく、命の弱さを前にして、しかし『それでも』と叫び続ける勇気の尊さを、聖典は説いている。人は確かに弱いが、しかし『その弱さと向き合いきれない』ほど――『主の想いを間違って受け止める』ほど、人は弱くはない」
バンプティの反論に対し、
カドヒトは、よどむことなく、
たんたんと、滑らかに、
「それは、お前が強いからだ、バンプティ。往々にして『強い心を持つ者』は人が持つ『弱さの際限なさ』が想像できない。……強さにはリミットがあるが、命の弱さに限界はない。お前はそれを知らない。俺はそれを知っている」
「その発言はあまりにも不遜。まるで、己が『強さの最果て』にでも至ったかのような口ぶり」
「たどり着いたさ。俺は最果てに至った。しかし、リミットにたどり着いても命は完成しなかった。最果てに至った俺を待ち受けていたのは『どうやったら終われるのか』と死に方に悩む不毛な日々だった。……虚しい話じゃないか。かつては『多くを成してきた気になっていた時期』が俺にもあった……が、フタをあけてみれば、俺はカラッポだった」
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