第343話 神はいない
「おーおー、脅してくれるねぇ、こわい、こわい」
ギラっとした笑みを浮かべるハルスに、
ゼンは、とうとうと言う。
「脅している訳じゃない。ただの情報開示だ。ちなみに、間違いなく、あんたを殺すことができる力だが、そのかわり、これを使ってしまうと、俺は、大きな代償を払う事になる。汎用性のある切札じゃない。正直、使いどころが、かなり限定されている諸刃の剣なんだ」
(……まっすぐな目で見てきやがって……ウソをついている感じじゃねぇ。マジで俺を殺せるだけの力か? 別に、ありえない訳じゃねぇ。俺は不死身ってわけじゃねぇからなぁ。俺が温めている自爆の魔カードみたいな一発限定の超破壊や、かなり尖ったアリア・ギアスを積んだ、想像もできない『何かしら』を隠し持っている可能性……まあ、ありえなくはないさ。それを敵にしておくか、味方にしておくか……どっちが有利か……これは、それだけの話)
などと考えながら、同時に、
(……『命をかけろ』と言われていながら、こいつがまったく動じなかったのは、その力があるからこそか……いや……)
そこで、ハルスは、グっと奥歯をかみしめて、
(違う! こいつの覚悟はそういうブレたもんじゃねぇ。『そこ』を疑いはじめると、俺自身の覚悟をも疑う事に繋がる!)
別にそうはならない。
だが、そこを繋げてしまうめんどうくささがハルスの中にある。
いつだって、めんどうくさい人間――それがハルス。
(命をかける覚悟――それは、決して尊くなどないが、しかし……『それを見せたヤツ』まで疑っちまえば、本当に、全部が終わっちまうだろ……生命には、『そこ』がまだ残っているから、だから、俺はまだ……ちがう! そうじゃねぇ! 俺は何かを期待している訳じゃねぇ! そうじゃなく……だが、だったら、なんだってんだ……違う……クソ……このゴミみたいな自問自答を……俺は、何度くりかえせば……)
ぐるぐると頭の中を駆け巡る思考。
そんなハルスの内心に気付いたのか、隣にいるセイラが、少し心配そうな顔でハルスの腕をギュっと握った。
セイラに触れられた事で、不思議と、ハルスの高速思考がピタっと停止した。
その理由について、勇者は、
(ゴミに触られて、思考が犯された……吐き気がするぜ)
心の中でそうつぶやきながら、しかし、けれど、なぜかわずかに口角があがっている。
「さわんな、気持ち悪い」
辛辣なことを言われて、しかし、その声音がフラットだと気付くと、
セイラは、ニコっと柔らかく微笑んで、スっと手を離した。
二人の間でかわされた『何か』など、ハルスとセイラ含めて、ここにいる誰も分からない。
勇者の心はいつだって複雑怪奇――
――ゼンが、
「俺の、この切札……もしもの時は、あんたのためにも使うと約束する。それを報酬として考えてもらえると、すごくありがたい」
「……もしもの時、お前は切札を、俺は、ちょいと頭脳を……くく……ちぃと、こっちが損をしている取引だが、まあ、今回だけ特別に、まけておいてやるぜ」
ハルスは思考を整理する。
表面だけをすくいとって、今という体裁を整える。
――人とちゃんと話すのは、だから嫌いだ。
――いつだってこうなる……
――だから、いつも……
――ハルスは、何かをごまかすように、コホンと息をついて、
「とりあえず、取引成立ってことで。……冒険者試験ごときで、俺がピンチになる場面なんざないとは思うが……絶対って訳じゃねぇ。確率は上げておくさ」
「ありがとう、たすかる」
「言っておくが、お前自身を信用した訳じゃねぇ。そこは勘違いするんじゃねぇぞ」
「ぉ、おう……」
「……くくっ、しかし、ほんと、出身地がフーマーの奥地ってのはお得だねぇ。パパとママに感謝しな。そのブランドは、『冒険の書を所有している』に匹敵するぜ」
「神と母には感謝している。だが、父には……あまり感謝はできないな」
「おやおや、複雑な事情を抱えてらっしゃるのかな? いやだねぇ。親は大事にしないといけねぇぜぇ。まあ、俺は、親の顔なんざ、既に忘れたけどなぁ。姉貴の顔も、正直、忘れちまったなぁ……親と違い、姉貴の方は、ガキのころ、それなりに構ってもらったんだが……くくっ、まあ、人間関係なんてそんなもんさ。血がつながっていようがいまいがな。しかし、神ねぇ……ははは……ほんと、フーマーの連中は、宗教大好きだよなぁ。吐き気がするぜ」
「ハルスは神を信じていないのか?」
「信じていないんじゃない……神なんざ存在しないと『知っている』だけだ」
矛盾している感情。
ハルスは神という概念を確実に嫌悪している。
しかし、口では――
「存在しないもんを信じるもクソもねぇだろ」
「神はいるぞ。俺は会った事がある」
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