第283話 最悪の上司
「そして、主は仰った。『そうだ。それでいい。俺だけ見てろ』。主は、その尊き命を盾に、剣を振り続けた。ズタズタになりながら、ボロボロになりながら、迫りくるバグ共の攻撃を一身に受け続けた。息も絶え絶え、血ダルマになり、半身を――」
パメラノは、嬉々として、主の武勇伝を語り続けた。
それにしても、このおばあちゃん、ノリノリである。
主人公が『誰』なのかを理解してから聞くと、一つ一つのエピソードが輝き始めるようで、
(確かに、あの御方ならばありうる……なんと、素晴らしい……)
普段なら話を聞かないジャミやテリーヌも、身を乗り出して話を聞いていた。
もちろん、それまでの人生で、聖典は何度か読んでいる。
だから、当然、『流れ』は知っている。
だが、知っているかどうかは関係ない。
信長や秀吉がどこで台頭してどこで死んだか。
それを知っているからといって、戦国時代を題材とした作品が楽しめない訳ではないのと同じ。
むしろ、流れを知っているからこそ、するすると入ってくる。
「そして、主は、全てのバグを殺し切ったのじゃ。最初の頃は『さっさと倒せ』『いつまでかかっているんだ』などと、トチ狂った事をほざいていた阿呆共も、最後には、喉をからして主を称えておった。主はいつだってそうじゃ。どれほどの難事が起きても、決して諦めない。そのお背中は、いつだって、我らの希望じゃった。あの背中についていけば何の問題もない。心の底からそう思える頼もしき後ろ姿。ぬしらごときに、あの大きな背中を求める事はない。じゃが、せめて――」
『天空の淵』で、パメラノが語る主の伝説を聞いていた九華の前に、
「いやぁ、何度聞いても、お兄(にい)の伝説は痺れまちゅねぇ」
突如、彼女は現れた。
何の前触れもなく、反応もなく、
「しゅ、終理殿下?!」
突如耳をついた声に、九華の者は、全員、反射的に、魔法で、目の前に浮遊板を出して、玉座から腰をあげた。
皆、優れた感覚を有しているので、即座に『気配を消して瞬間移動してきたであろう、数少ない上位者』の位置を特定する。
真上。
空に浮かぶ小さな太陽(ソファーサイズ)に、ぐでーっと寝転んでいる、キャバスーツの美少女の姿があった。
「そのままでいいでちゅよぉ。オイちゃん、じょーげかんけーとか嫌いでちゅから。フランクに、無礼講でいきまちょう」
瞬時かつ当たり前のように片膝をつこうとする九華の面々にそう言う酒神に、パメラノが、
「し、しかし、殿下……それではしめしが――」
声をはさんだパメラノに、
「パメ」
終理は、ニコっと微笑みを強めて、
「誰か、喋っていいと言いまちたか?」
ピリっと空気が緊張した。
パメラノの背中に冷たい汗が流れた。
「……も、もうしわけ――」
終理は、謝罪の言葉を最後まで聞くことなく、笑みの強度を弱めて、
「気をつけてくだちゃいね。オイちゃん、じょーげかんけー以上に、話の腰を折られるのが大嫌いでちゅから」
淡々と、ニタニタ微笑みながら、そう言って、
「今回のミッションのまとめ役が、オイちゃんに決まったんで、その事を伝えにきまちた。これからよろしくお願いしまちゅね」
絶対的超越者に対し、何かを言えるはずもなく、全員が、座ったまま、ゆっくりと頭をさげて、服従の態度を示す。
ただ、
心の中では、
バロール(どっわー)
サトロワス(マジっすかぁ)
ジャミ(……はぁ………………はぁあああああ)
テリーヌ(なんで、よりによって……上は何を考えているのよ。絶対、ダメだって)
パメラノ(ちっ……)
アルキントゥ(この方だけは、やめていただきたかったのですが……)
「それでは、最初の命令でちゅ。じょーげかんけーは嫌いなのに、命令はするのかって? こまけぇこたぁいいんだよ! というわけで、命令でちゅ」
流れるように、ひょうひょうと、うたうように軽やかに、
「パメとバロは、オイちゃん指揮下のもと、『下の連中』と色々やってもらいまちゅ。他の九華は、今この瞬間から、全力で限界を超える努力を積んでくだちゃい。オイちゃんの権限で、『真霊上層』の完全解放を許可しまちゅ。定期的にチェックしていきまちゅから、いつ何時でも気をぬかないように。もし、今よりちっとも強くなっていなかったら罰を与えまちゅ。なにか異論・反論があるなら、あとで、壁にでも言ってろくだちゃい」
傲慢にそう言いきってから、
「さて、それじゃあ、行動開始と行きまちょう! これから忙しくなりまちゅよぉ。士気を高めるためにも一発やっときまちょうか。はい、みんな、心を一つに、せーの、リラ・リラ・ゼノリカァァ!!」
右手を天に突き上げて、そう叫ぶ酒神。
本来、リラを並べるときは、叫んではいけないのだが、誰も注意はできない。
しかたなく、みな、心を静めて、
「……リラ・リラ・ゼノリカ……」
せめて自分達だけでも正式に、という想いを込めて、いつもより静かに謳った。
その中で、バロールは、
(最悪だ、最悪だ、さいっあくだ……よりによって、終理殿下が直属の上司になるとは……頼むから、余計な事はしないでくれよ……)
心の中で、思いっきり溜息をついた。
バロールは、酒神が大の苦手だった。
いや、この言い方は適切ではない。
酒神に苦手意識を持っていない者などゼノリカには一人もいない。
バロールは、何度目かわからない溜息を心の中でつきながら、
(……だ、大丈夫だろうか……精神が持つかどうか、何よりもそれが問題だ……)
下の者にとっても、上の者にとっても、とにかく『めんどうな存在』。
『ぶっちゃけ、いなくなってほしい』と全員から例外なく思われている特異な存在。
それが酒神終理。
酒神終理は――
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