第253話 ダーキニィ・パラフューム



「……っ……今、眷属の元に送っていた『シャドー』が死んだ……」



 震えた声で、ホルスド・ガオン(本物)は、そうつぶやいた。



  精霊国フーマー。

 ――神都『安楽の地』に位置する、

 七層構造の『偉大なる主の円環』に守られた巨大城、『ゼラグルルオン』。


 『世界の全て』を意味するその城の、

 物理的にも権威的にも最高所にある、『天に最も近い場所』で、



 二柱の『神』が、

 叡智で磨かれたような円卓に腰をかけて話し合っていた。



 十人の使徒しか座せない場所だが、相手が神なら話は別。

 いつだって、どこだって、なんだって、

 ――『神様』は特別。



「え? あんた、あのシャドー、『かなり強め』に作ってなかった?」



 答えたのは、ホルスドの隣に座っている女神『ダーキニィ・パラフューム』。


 ムキムキのホルスドとは対照的な、脆い儚さを感じさせる細身の女性。

 全てが、ハリガネのように細く長い。


「人格が狂うアリア・ギアスをかけたから、その存在値はかなりのものだった。勇者でも相手にならない力を有していた……はず……」


 『シャドー』は、オーラドールの下位互換技。

 分身の一つ上の魔法である『影分身』という魔法を使って生み出す、ザコい自分。


 『分身』<『影分身』<『オーラドール』<『オーラドール・アバターラ』


「つまり……『釣れた』ってこと?」


「うむ、おそらくな。眷属が殺されそうになって、飛び出してきたのだろう……イレギュラー。どうやら、なかなかやるようだ」


「そうね。……イレギュラー……そこそこやるみたいだわ。ちなみに、あんたのシャドーは、どんなふうに死んだの?」


「分からない。接続を切っていたからな」


「なんで接続切っているのよ、バカなの?」


「完全自律型で生成したのだ。その方が強くなる。後で報告を受ける形でも問題はないだろうと思っていたが……」


「結果、エサだけ取られて逃げられたってわけ? バカね……ホルス、あんた強いけど、本当に、バカなのが玉に瑕ね……」


「……あれほどまで強化したシャドーが……まさか、逃げる事も出来ずに殺されるとは思わなかったのだ……」


「まあ、確かに、逃げる事も出来ないほどの強者とは思わないわよね」


「……はぁ……しかたないな、直接、この目で確かめに行ってみるか……」


 立ちあがったホルスドに続くように、ダーキニィも、


「めんどうね……ったく……ん?」


 と、そこで、


「ホルス、待って」


「どうした、ダーキィ」


「ナルキから連絡。いったん戻れって」


「……何かあったのか?」


「今、それを聞いて……は?」


「どうした?」







「天国に、イレギュラーが、単騎で攻めてきたって……」







 それを聞いて、


「……ほう」


 ホルスドは、興味深そうな顔で、あごをしゃくった。


(となると……私のシャドーを撃退したのは眷属自身ということ……私のシャドーは、眷属ごときでどうにかできるほど弱くはない。つまり、『イレギュラーの眷属』は、アリア・ギアス特化のハメタイプという事か……)


 『アリア・ギアス特化のビルド』の場合、状況さえ整えられれば、十倍以上の戦力差を覆すことも不可能ではない。

 しかし、その『強さ』は、酷く危うく脆い。


 山ほど背負う事になる『弱点』は、確実にその者の寿命を縮める。


(おそらくは、『条件さえ満たせれば、実力差があっても相手を殺せるビルド』……警戒に値する構成だが、事前に『そういうタイプだ』と分かってさえいれば対策はいくらでもとれる)


 考えていると、ダーキニィが、


「どうやら、攻めてきたイレギュラーは、『ナルキが撃退した』みたいだけど……」


 ナルキナジードは、五神最強の神。

 神に最も近い者。

 主を別枠と考えるのならば、間違いなく、全世界最強の個。


「だけど、なんだ? ダーキィ」




「……ナルキ、片腕を吹っ飛ばされたって」




「エクセレントッ! やるじゃないか。素晴らしい」


 テンション高く、パァンと手を叩きながら、心の中で、



(勝てはしないものの、しかし、ナルキの腕を奪えるほどの強者、か。おそらく、その実力は、私と同等……味方になると考えれば、それほど頼もしい存在はそうそういない)



「映像クリスタルが届いたわ。顔を見ておけって」



 いつの間にかダーキニィの手の中に収まっていたクリスタル。

 それを、ダーキニィは、空に放り投げた。


 すると、空で止まり、ゆっくりと回転しだす。


 次第に光が溢れていき、空中に『闘っているナルキナジードとイレギュラー』を映し出した。


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