第243話 『高み』
シグレの姿が見えなくなって20秒ほど経過したところで、
「ふんっ」
ホルスドは、呪縛を破った。
純粋な筋力だけで破壊してみせると挑戦してみて20秒。
ようやく成功。
その様子を見て、ゼンは、
(これだけ魔力を削ったってのに……20秒で終わりかよ……しかも、魔法を使われた感じがしなかった……力の差をまざまざと感じさせてくれるじゃねぇか……)
かなり大量の魔力を使わされたというのに、あっさりと砕かれた。
『腕相撲で大人の力を見せつけられた時の小学一年生』のような顔で、ゼンは、溜息をつく。
ホルスドが、小馬鹿にした顔で微笑み、
「魔力量はみとめよう。しかし、ランク1の魔法が私に通用する訳ないだろう。とはいえ、数十秒は拘束されてしまった訳だが……くく、私もまだまだ修行がたりないな。さて、どうする? まだ何か出来る事はあるか? なければ死ぬだけだが」
「二秒だけ待ってくれる?」
「ただの時間稼ぎを許す気はない」
「そうじゃねぇ。生命力バリアの減少は分かるようになってきたが、MPはまだまだだから、マジでちょっとだけ確認させてくれってだけ」
そこで、ゼンはスマホで自分の残りMPを確認する。
(残り600か……ごっそり減ったなぁ……こりゃ、もう無理かもわからんね……はっ……死んだ、死んだ……ったく、バカか、俺は……なにやってんだか)
はぁあと溜息をついてから、
「あのさぁ、一つ、頼みがあるんだけど」
「頼み? 命乞いか?」
バカにしたような笑みを浮かべるホルスド。
――シグレならともかく、ゼンの命乞いなど聞く気はない――
態度でハッキリと示してくる。
そんなホルスドの目をジっと見つめて、ゼンはシッカリと言う。
「全力で闘ってほしいんだ」
澄切った目。
固まった目。
決意した目。
怯えや恐れも、当然あるけれど――
しかし、その上で、ゼンは望む。
「最後に高みを見せてほしい。強さの向こう側。俺が求めたもの。せめてそれを知ってから死にたい。俺が『辿りつけたかもしれない世界』を知ってから……死にたいんだ」
「くく……」
ホルスドは、薄く笑ってから、
「値しない」
バッサリと言い捨てた。
ゼンの想いなど知ったことじゃない。
「辿りつけたかもしれない世界? バカが。まあ、勘違いは好きにすれば……いや、あれだけの召喚獣を貸し与える事ができるほどのイレギュラーの眷属である貴様ならば、あるいは、私の高みに近づくこともできたやもしれん。私を超える事は不可能だとしても、近づくくらいはできたかもしれない」
ガキのたわごとを『強め』に切り捨てる方がみっともないとでも思ったのか、
ホルスドは、そこから、少しだけ冷静かつ『大人』な対応をこころがけて、
「これこそ勘違いだろうが……しかし、そう思わせるだけの『何か』が、かのイレギュラーにはある。ゆえに、貴様の、その『妄想』を、ただの勘違いと切り捨てはしないさ。ただし、事実、今の貴様には何の価値もない。貴様ていどに見せる『全力』など、私は一つとして持ち合わせていない。アクビまじりに踏みつぶされて死ね」
虫ケラの相手などしない。
明確な宣言。
見下しているというより、視界に入っていない。
「そうか……残念だ。本当に……残念だ」
言いながら、ゼンは剣を構えた。
――『注文の多い多目的室』
剣としては、正直、微妙なスペックだが、それでも、こんぼうよりは遥かにマシ。
「残念だ……けど……なんだろうな……まあ、そうだよな……」
なんだか、納得できた。
自分は、虫けらのように弱い。
相手は、きっと恐竜よりも強い。
だから、これが、普通。
圧倒的弱者が、圧倒的強者に、サクっと踏みつぶされて死ぬ。
自然の摂理。
至極、当たり前の場景。
(超魔王軍の連中は、こいつよりも強いのかな……いや、流石にこいつよりは弱い? んー、わからんけど……もし、この異常なほど強い『ホルスド』よりも『超魔王』や『ミシャンド/ラ』や『平熱マン』の方が強いっていうなら……その強さ、一目でいいから見てみたかったな……どのくらい凄いヤツ……どれほどの高みにいる『奴ら』だったのかな……せめて、そのぐらいは知りたかったな……)
心が、点になった。
いくつかの線が重なって、点に見えたんだ。
ゼンは、下半身に力を込めた。
目にぐっと力を込めて、心のままに叫ぶ。
「最後の最後! さあ、行こうかぁ!!」
全身に気合をぶっこんで、ゼンは飛びだした。
両手で持った剣を、大きく振りかぶり、腰を回転させて、ホルスドの首めがけて振り下ろす。
その一連――あまりにも、ドへったくそ。
ただ、剣の重さに振り回わされているだけ。
練習が足りていない子供のお遊戯――それ以下。
とても剣技とは言えない。
だからという訳でもないが、
「……ふあーあ」
わざとらしく、ホルスドは、そう言った。
あくびをしている訳ではない。
小さく口をあけて、あくびをしているフリを見せつけただけ。
ただのポーズ。
ホルスドはゼンの攻撃に対して何もしなかった。
むしろ、首を少し傾けて、さし出してきたくらい。
そして、その首は、ゼンの剣をギィンとたやすく弾いたのだった。
一手で理解できた。
いや、最初から分かっていた。
シグレとホルスドの戦闘を、ゼンは全部見ていた。
だから、こうなることは、最初から分かっていた。
それでも体験したかった、痛感したかったのだ。
今のゼンの力では、ホルスド相手に出来る事は何もない。
何万、何億……どれだけ剣を振り続けても、ゼンの剣は、ホルスドに傷一つつける事もできない。
絶対に縮まらない差が、ここにはあった。
本当は、越えられる気がしない壁。
あるいは、これが、神と人の差なのかもしれない。
なんて、
そんな事を思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます