第56話 最後の対話。


 第五グラウンドは、体育祭のために用意された場所で、

 5000人規模でも楽に収容できる広大な運動場。


 普段はアメフト部とラグビー部が使っているのだが、

 二階堂の調整によって、現在、ここにいるのは三人だけ。


 大魔王と愉快な仲間達は、第五グラウンドのど真ん中で、事前に二階堂が用意していたソファーに腰かけている。



 ((ロキさん、なんか、俺に話があるとか言っていたけど、なんだろうね?



「さあ、ボクには見当がつかないっすねぇ」


 ((やっぱり、センエースのことかな? だとしたら嬉しいな。前の会話でお前が暴走して、無意味な毒を吐いちゃったから、『不快にさせちゃったかなぁ』と心配していたけど、どうやら、そんな事で怒る人じゃないみたいだね。厨ニだけど、いい人みたい。


「なに言ってんすか。ボク以外の女に『いい人』なんていないっすよ。ボク以外の女なんて、皆、例外なく腹黒で、見栄と欲の塊。ボク以外の美人は全員クソっす」


 ((どれだけ好意的な態度で耳を傾けても、お前が一番のクソ女に聞こえてしまうから、そういう事言わないようにしようぜ、な。


「佐々波、確かにウチはゼニゲバやけど、見栄を張った事はないで」


「あぁぁん? あー、そー」


「普通に答えただけやのに、なんで睨まれなあかんねん」


「マジで分からないなら、ハッキリ言ってやる。ボクとセンセーが楽しくお喋りしている間は黙ってろ。二度と、邪魔すんな。殺すぞ」


「女特有の腹黒な本性が表に出まくってんで」


 日を追うごとに、なぜか険悪になっていく二人。

 無崎は、空気を変えようと、


 ((……と、ところでさあ、この数日間で、超特待生って言われている人と、たくさん会ったけど、皆、凄い人オーラが出ていたよね。特に沢村さんはヤバかった。流石、全球団ドラフト一位候補。てか、ヤバくない? 俺、野球はタッチとかメジャーとかマンガでたくさん読んだから、ちょっとだけ詳しいんだよ。マジで凄いよなぁ。俺、そんな人と同じ高校とか、ほんとヤバくね?


「センセー、野球好きだったんすか?」


 パっと、『表情』を『いつものハチミツ的な笑顔』に戻して、

 お喋りを再開する佐々波に、

 無崎は、


 ((だから『システム』に組み込んだんだよ。野球の擬武器化って分かりやすくて面白そうだなぁと思って。ほら、野球って、システムがシッカリとしているから、マンガでもゲームでも優秀なのが多いだろ? 日本ではトップクラスに有名な競技で、ほぼ国技だし。世界大会とかでも、何度も世界一にもなっているし。球技で日本が世界一になれるのって野球ぐらいだよね。スポーツとしてやりたいとは思わないけど、娯楽で『使う』って意味で、すごく好き。


「ちなみにセンセー、沢村センパイは確かに凄い人っすけど、他の超特待生も、全員、社会的評価で言えば同じくらい凄い人っすからね」


 ((へぇ。他は全然知らんかったけど、全員沢村さんくらい凄い人なのか……なんつーか、この学校、すげぇな。


 などと、無崎が感想を表情に出した、

 その時、




「――お待たせして申し訳ございません、無崎さん。それと御二方」




 ロキが登場した。

 心中は複雑極まりないが、

 しかし、表面上だけは、きわめて優雅に歩を進めている。


 無崎たちのトイメンに設置されているソファーに、

 過不足のない『調和の取れた美しい姿勢』で腰を落として、


「本日は、『わたくしごとき』のために、お集まりいただいて、感謝の言葉もございません」


「挨拶とかどうでもいいんで、さっさと本題に入ってほしいんすけど。なんすか? ボクのセンセーに何か用っすか?」


「ええ、実は……」


 そこで、ロキは無崎と視線を合わせた。


(改めて見ると……本当に、とんでもないオーラですわね……このわたくしが、16歳のガキに気圧(けお)されるなんて……しかし、それも仕方ありませんわね。お爺様でも、これほどのオーラは……)


 自分の手が若干震えている事に気づく。

 心が怯えている。


「……」


 ここにくるまで――『彼の顔を見るまで』はロキの戦意もグツグツと煮えていた。

 実のところ、『最悪の時は闘ってやる』という覚悟でここにきたのだ。


 無崎の虚をつくための奇策をいくつも用意していた。

 ダマす気満々の、『後ろから刺し殺すための秘策・妙計』を、スキなく用意してこの場にきた。


 ――しかし、


「わたくしは……」


 ロキは決意した。

 本気で、真摯に、『無崎に屈する』という覚悟を決めたから。


「幸せな家庭に生まれました」


 ロキはまっすぐに、無崎の目をみつめて、


「優しい父と母、そして可愛い妹。わたくしは、幸せでした。本当に、幸せでした。……あの日までは」


 ――蛇尾ロキは、ほとんど理想的と言ってもいい、あったかい家庭で産まれ育った。


 家庭を大事にする超エリート国家公務員の父と、世界的ピアニストで家事全般が得意なイギリス人の母親の間に生まれ、九歳の時には、可愛い妹も生まれた。


『手、小さいね』


 生まれたばかりの妹を抱きしめると、その温かさと小ささにビックリした。


『ロキの手も、生まれた時は、このくらいだったんだよ』

『この子も、私みたいに、本とか、一回読んだだけで覚えられるかな?』

『どうかな? でも、そうじゃなかったら、ロキが色々と助けてあげるんだよ?』

『うん!』

『いい子だ。本当に自慢の娘だ』


 優しく頭を撫でてくる気品のある父と、

 やさしくほほ笑んでいる美人の母親。


 とても幸せだった。

 いつだって世界は輝いていた。

 ズバ抜けた天才として生まれ、優しい両親に愛されていた。


 いつか、この優れた頭脳で困っている人を大勢助けて、世界を良くして、そして、そんな風に頑張っている中で、誰かと恋に落ち、子を産んで、自分が両親にそうされたように、愛情をたっぷり注いで、やさしい子に育てて、そして、かわいい孫を抱きしめて。


 ……そんな、ただただ幸せなだけの未来を夢見ていた。


 ――あの日まで。


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