第二十二話  要塞都市ブーゲンビリア

「あっ! ランスがいるよっ」


「あははっ、ホントだー」



 マヘリアが指さした先には、プニニモドキが三体、仲良く日向ぼっこをしている。


 住民たちから盛大な見送りを受け、昨日助けた町を後にした一行だったが、それまでとはうってかわって、特に魔物とも遭遇することもなく穏やかそのものであった。



「プニニは、いないのかなぁ」


「プニニは魔王の分身って言うぜ?」


「えー? なにそれ」



 クロヴィスが干し肉をかじりながら言うと、マヘリアはころころと笑った。



「なにかを捕食するでもなく、生殖活動も見受けられない。魔物なのに愛らしく、無害で、討伐しても何も益なく、だれも討伐しようとは思わない。そういった特徴から、封印された魔王の、力を蓄えるための仮の姿ではないか。といった、伝承があるんですよ」



 テオの補足にカティアも加わる。



「…割と本気で研究してる人もいるよね」


「ええ。魔法都市ハイザラークだけでなく、教会都市シロツバルでも、プニニ研究者がいました」

 

「学者先生の考えることはわかんねぇよなぁ」






 その後も魔物と遭遇することなく、一行は無事、要塞都市ブーゲンビリアに到着した。 

 主要都市に比べれば規模こそ小さいが、防御施設としてのそれは主要都市にも劣るものではなく、「要塞都市」の名に恥じぬものであった。



「かなりの数が避難しているんだな……」



 食料の配給待ちか、城内は多くの人でごった返している。

 ランスの視線の先には、ぼろぼろになった服を着た幼い兄妹の姿があった。



「あたしたちで出来ることは何でもやろう」


「ああ……そうだな」



 歩きながら兄妹を目で追っていたランスだったが、リィザの言葉に、なにか心に決めたような表情で前を向いた。



 一行はそのまま、都市の中心にある「役場」へと向かった。

 「役場」は要塞都市のような中規模都市においては、軍事・行政・司法を一堂に扱う場で、リィザたち一行はそこに詰めているであろう侯爵に会いに行く。




「エリザベッタ様ですね! お待ち申し上げておりました! おい! すぐに閣下にお伝えせよ!」



 役場に着くと、対応した衛兵が高揚した様子で言った。

 部下らしき別の衛兵が飛ぶように奥へと走る。



「歓迎されてるのはわかるが……こりゃ、よほど厳しいみてぇだな…」


「そうですね…。僕たちの様子は、きっと耳に入っていたでしょうから」


「まぁ…やるこたぁ変わんねぇんだし、期待には応えてやらねぇとなっ」



 クロヴィスとテオが、声を落とし話していると、



「それもあるだろうけど、それだけでもないと思うけどね」


「え…? リィザさん、どういうことですか…?」


「そのうちわかるよ」



 ふ、っと笑うリィザをテオが不思議そうに見ていると、先ほどの衛兵が奥から戻り、一行は役場の二階にある執務室へと通された。



 

「エリザベッタ! マヘリア! よく来てくれたねっ! あぁ、マヘリアっ! よく顔を見せておくれっ! …なんて美しい…! アリシアを思い出すよっ……!」


「エ…エリアス伯父様……はずかしい……」


「恥じらいうつむくその姿……っ! ……あぁっ…! 野性味を帯びたその美しさと相まって、そよ風にたわむ可憐な野花のようだ……っ!」



 両腕をすぼめるように寄せながら身体の前で手を組み、赤い顔でうつむくマヘリアの周りを、侯爵がくるくると回るように動き回っている。




「なんか…すげぇな……」

「は…はい……」

「だから言ったでしょ?」

「的確な表現だ。勉強になる……」

「…勘弁して」



 一行が思い思いの反応を口にしている間も、侯爵はマヘリアをほめちぎりながら、その周りを動き回り続けている。


 エリアス・ブーゲンビリアは、マヘリアの実母であるアリシアの兄であった。

 常に王国の歴史と共にあり、王家や勇者の血をも引く武門の名家であったこともあって、「全獣」との子を宿したアリシアはブーゲンビリアの名を失ったが、エリアスは溺愛する妹と、その子マヘリアを常に気にかけてきた。




「閣下、そろそろ…」

「……あぁっ…! この……っ…ん、ああ、すまない。会うのは久しぶりだったものでね。それとエリザベッタ、ここにはうちの者は私しかいない。閣下はやめてくれないか? 君も、私に様付けで呼ばれるのは嫌だろう?」


「わかりました、エリアスおじ様」



 エリアスは満足気に微笑むと、



「改めてよく来てくれた。君たちの活躍は、ここ要塞都市ブーゲンビリアにも伝わっているよ。東部地域の現状は説明するまでもないだろう」


「はい」



 リィザが重く、しかしどこか力強く答えると、一行の皆も真剣な表情でうなづく。



「本来であれば東部地域を挙げて君たちをもてなすところだが、今は逆に、君たちの力を大いにあてにさせてもらわなばならない」


「もとよりそのつもりです、おじ様」


「助かる……。君たちには遊軍として動いてもらうことになるだろう。だが、しばらくはここで羽を休めるといい」


「いいえ、おじ様。すぐにでも動けます」


「たのもしい限りだが、これは私からの頼みでもある。兵や避難民らの間でも、君たちの話で持ち切りでね。こういった状況だ。すこしでも希望を持たせてやりたい」


「そういうことでしたら……」


「すまないな」



 そう言って微笑うエリアスは、さきほどとは違いひどく疲れた様子に見えた。



「……伯父様……」



 マヘリアが耳を倒し心配そうに声をもらすと、執務室の外が急に騒がしくなった。一階で大声がし、階段を駆け上がる音が聞こえる。



「閣下…ただ今、トクサから急使が……」


「トクサ……。入れ!」



 扉の外から努めて冷静な声がすると、エリアスは張り詰めた表情でその者に声をかけた。

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