あざらし子ちゃんが好きすぎるっ。

黒舌チャウ

ep.1   あざらし子ちゃん

 冬の朝、いつものように駐輪場に一番乗りしたオレは、お決まりの場所にチャリを停めた。

 冷たい風を切ってきたせいですっかり鼻先が冷たくなっている。



「すんっ… 。あ゛~、おでん買ってくればよかったなぁ……」



 鼻をすすってチャリの籠からカバンを下すと、マフラーを鼻先まで引き上げながら、昇降口に向かって歩き出した。




 オレは、熊田くまだ 司朗しろう猛華たけはな高校1年。

 昔から目つき悪くて、黙ってると無意識に「話しかけんなオーラ」が出てるタイプだ。

 中学の時なんて、他校の生徒から不良だと思われてたらしい。

 ……けっこうショックだった。

 そんな感じだから、新しい環境では人間関係を構築するのに時間がかかる。

 この高校に入学してからもうすぐ1年になるのに、友達と呼べるやつはほとんどいない。



 階段を上り、教室のドアを開けると、すでに女子が座っていた。



「あっ、おはよ。熊田くんっ」


「おぉっ……おはよ。」



 ……ぐっ……今日も、かわいい…っ。



 オレは、彼女に恋をしていた。



「熊田くん、いつも早いね。遠いんだっけ?」


「あぁ、オレ、浪野台だからさ。5時起き」


「すごいねぇ。あたしでも、6時だよー」


「あ、いや、でも距離もあるけど、中学の時の朝練のクセが抜けてないってゆーか。

だから、けっこう時間は余裕あるんだよ。コンビニ寄ったりとかもできるし」


「あたしも、そうだよー。朝早いから、なにもすることなくて学校来ちゃうんだぁ。家近いのに」



 内容0だろうが、関係ない。うれしすぎる。あと、声好きすぎる。




 彼女は、白井しろい まどか

 さらさら黒髪。黒目がちな瞳。色白丸顔。プチわがままボディ。

 密かに、「あざらし子」と呼ばれている。かわいい。


 夏休み、ばったり出くわして話してからなんとなく話せるようになった。




「あ~、朝早いから、お腹すいちゃった。おにぎり食べよ」


「(まだ起きてからそんなに時間は経ってないのでは……。それは早起きの人が10時ごろに言うやつ……でもいい…! たんとお食べ)」


「おいしぃ~」



 そこで「ん~(表記不能)ひぃ~」と言わずに、はっきり言うところが好きだ。




「あっ、そう(ガタンッ)……だ…………」



 立ち上がる時お腹が引っかかって、机が一瞬浮いた。



「(見てない見てない見てない見てない見てない…………!!!)」



 白井さんが、真っ赤になってうつむいている。


 ちっ…違う! 見てないっ……見たけど、見てないんだっ!


 ええぃ! 冗談ではない!!

 あれを見れたのはうれしいが、白井さんを恥ずかしめるわけには……っ!!



「………………見た?」



 白井さんがお腹をおさえながら、上目遣いで聞いてくる。


 …………お゛ぉぅ。そこで聞いてはダメなんだ、白井さん……!!

 流してくれれば、こちらも墓場まで持っていったものを。



 …………しかし、かわいい。



「いや、あの、見たけど、でも見てないし、かわいかったし、問題ないよ。

ぜんぜん、何も」


「……えっ?」



 ……やった。自分でもびっくりする。最後の感情に引っ張られた。

 重力に魂を引かれた者の報いだ。


 ……でも、「かわいい」ぐらい軽く受け止めてくれるかもだし、そもそも早口だったから、「え?」も、聞き取れなくての「え?」かもしれない。


 そうにちがいない。



「……………………」



 ……なんか、ちょっとモジモジしてるが、気のせいだ。



「あ、チョコいる? ナッツ入ってる」


「う、うんっ、食べる」


「そーいえば、さっき何しようと思ったの?」


「なんだっけ?」


「さあ? はははっ」


「あははっ」



 ……よしっ、なんか大丈夫っぽい。流れたろ、これ。



 それにしても、白井さんの笑顔は、かわいい。

 それが見れただけで、今日も、朝から最高の日だ。



 やっぱり、オレは、あざらし子ちゃんが好きすぎる。




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