10 問題が入り組んでるよね

 ピスカチオ市に到着すると、街の様子は以前よりも活気に満ちていた。

 つい気になって、その辺を歩いていた野生のおばちゃんに話を聞いてみると、彼女は満面の笑みで親指を立てて白い歯をニッと見せる。


「領主様んとこの次女、ポルシェ様がやってくれたのさ。水の使用制限が解除されてね……みんな毎日風呂に入れるようになって、体と一緒に気持ちまでサッパリしちまったんだ」


 ほうほう、それは良い知らせだ。

 蒸留装置の改良は上手くいったみたいだね。


 なんだか楽しそうな街の様子をひとしきり観察してから、のんびりと領城へと向かっていく。すると、僕の姿を発見したらしいポルシェが小動物みたいな小走りで現れる。ほら、慌てると危ないよ。


「クロウ、待っていたよ。首尾はどうだい?」

「うん。色々と話すことがあるけど、ひとまず僕の目的は果たせたよ。今後の具体的な対応については辺境伯と相談したいんだけど……みんなの体調は?」

「多少は会話が成り立つようになったが、まだ無理はさせられないかな。今は姉上が領主代理をしているんだ。まずは相談してみよう」


 そうして、僕はポルシェの後について領城へと入っていった。


 歩きながら話を聞くと、蒸留装置の問題点は概ね解決したらしい。

 海水はチョロチョロと断続的に流し入れる形式にして、堆積する塩の結晶は塩殻ヤドカリという水棲魔物を水槽に入れることで解決する。この魔物はどうやら、塩分濃度が高くなると塩を取り込んで背中の貝を育てるらしいんだよね。不思議な生態だなぁ。

 熱水魚の水槽はオス用とメス用でバラバラに取り外し可能となり、定期的に掃除をする。とはいえ、蒸留装置は八つ並列で動いているので、順繰りにメンテナンスしていけば大きな問題はないようだ。


「家族もみんな快方に向かっている。特にウルシェなんて、ベッドの上が飽きてしまったみたいでね。ずっとうるさく騒いでいるよ」

「ウルシェ?」

「あぁ、五歳の妹だ。君が治療してくれた」


 あぁ、あの子か。一時は本当に危ないところだったけど、元気になったなら本当に良かったよ。おそらく摂取した毒の量が少なかったのと、魔力がかなり強かったから、回復が早かったんだと思う。

 そんな話をしながら、領主の執務室へと入る。


「――姉上。クロウを連れてきたよ」

「えぇ、入っていただいて」


 そこには一人の女性がいた。

 山積みの書類が積まれた机。彼女はずいぶんぐったりした様子だけど、大丈夫かな。なんか目が据わっているというか……めちゃくちゃ忙しい時のセルゲさんみたいな雰囲気なんだけど。


「クロウ殿、はじめまして。私は領主代理のマルシェ・コーンリリー。この度は我が領の様々な問題に……家族の治療から、蒸留設備の改良に至るまで、手を尽くしていただいたこと、感謝しますわ」

「それはいいけど。はい、活力錬金水薬ポーションをあげるよ。あと胃薬も。忙しそうだね」

「えぇ、ありがとう――ふぁっ、なんですかこの錬金水薬。効果覿面ではありませんか。疲労がポンと無くなりましたよ」


 うん。その表現は誤解を受けそうだからやめてほしいけど、とりあえずエナドリを気に入ってくれたみたいで良かったよ。

 この世界で一般に流通している活力錬金水薬はどうも薬臭い感じがするからね。僕のは味にもこだわってるんだ。なかなかのもんでしょ。


「よろしく。僕はクロウ・ポステ・サイネリア。サイネリア組の次期若頭をしている者で、ふとしたきっかけからポルシェの手助けをすることになったんだ。役に立てたのなら良かったよ」

「本当に……何とお礼を言えばいいか」

「いや、僕には僕の目的があったから気にしないでほしい。たまたま利害が一致したんだ。僕の追っていた奴らと君たちの兄ヴォカルが裏で繋がっていたんだよね……だから、その情報を共有した上で、今後のことを話し合いたいと思ってここに来たんだよ。何にせよ、解決すべきことはまだ山積みだからさ」


 精霊神殿の実験にヴォカルが関わっていた件は、コーンリリー辺境伯家にもちゃんと伝えておく必要があるだろう。あとは東の村落をどうするべきか……できれば今後も、連携して対応できればと思っているんだけど。


 すると、マルシェが恐る恐るといった感じで話しかけてくる。


「クロウ殿。ちなみに……活力錬金水薬の在庫は」

「十二個入りのが三十箱ほどあるけど」

「全部ください。あ、代金は」

「無料でいいよ。今は緊急時だしね」


 エナドリの箱を積み上げていくと、マルシェはまるでセルゲさんのように、瞳の奥をギラリと輝かせて静かにテンションを上げていた。絶対同類だ。とりあえずエナドリはいくら飲んでもいいけど、あんまり無茶な働き方はしないようにね。

 お父さんや旦那さんが元気になるまで、マルシェはもう少し頑張る必要があるみたいだからね。大変そうだから、僕もできるだけ協力しようと思う。


 そうしていると、執務室のドアが突然バーンと開かれる。現れたのは五歳くらいの少女だった。


「マルシェ姉さま! クロウさまが来たらわたくしにも教えるように言っておいたじゃないですか!」

「ウルシェ……貴女はまだ寝ていないと」

「わたくしはもう元気です! それより、命を救っていただいたお礼に、わたくしはクロウ様のお嫁さんになってあげることに決めたんですから。姉さまは邪魔しないでください!」


 そうかぁ。うーん。

 街の人が色々と噂をしてたけど、コーンリリー辺境伯家の三姉妹ってけっこう楽しい感じだよね。うんうん。お嫁さんと来たかぁ……なるほど。これは困ったな。脳内のレシーナが短刀ドスを研ぎ始めてるんだよね。本当にまいったよ。


  ◆   ◆   ◆


 亜空間の病室の視察を終えると、コーンリリー辺境伯家の三姉妹は揃って無言になっていた。まぁ、それも無理はないだろう。


 保護した小人ホムンクルス五十名はみんな元気を取り戻した一方で、少数民族の二十四名は今も苦悶の表情を浮かべてベッドに寝ている。そんな状況を作った精霊神殿の悪辣な人体実験――それに、彼女たちの兄であるヴォカル・コーンリリーが加担していたのだ。


 実験施設で入手した資料のいくつかをマルシェに見せたけれど、彼女は随分と強い衝撃を受けているようだった。


「今後について相談なんだけどね。セントポーリア侯爵家を旗頭とした帝国西部連合騎士団が、神殿の施設跡を調査することになっている。本来なら他家の騎士団が戦力を連れて押し寄せるのは好ましいことではないけど」

「分かっています。今回は兄ヴォカルが首謀者側として関わっている事件ですから……領主代理の権限で、騎士団の調査を受け入れることにします」

「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」


 僕が感謝を伝えると、彼女は疲れたように首を横にふる。


「兄がこれほど愚かな人間だったとは……信じがたいですが。昔の兄はとても聡明でしたが、最近はどこかおかしいと、皆が噂しておりました。まさか、こんなことをやらかすとは」


 そうして、深い溜め息をついた。


「実験被害者の中に、囚人が含まれていたのも頭の痛い問題です。最近は他家からも、コーンリリー辺境伯家は監獄島を管理するのに相応しくないと、抗議の手紙が届くこともありまして」

「そうなんだ」

「刑務所の囚人死亡率が上がっていますから。これほど多くの囚人を死なせてしまえば、懲役刑と死刑の区別がなくなってしまいます」


 なるほどね。貴族も色々と大変なんだなぁ。


「それなら、囚人たちに森の探索を禁止するのは?」

「……森の刑務作業で得た魔物食料や素材は、インスラ辺境島領の重要な収入源です。現時点でも既に採取品の量が減ってきていますが、森での採取を禁止すれば、その最低限すらも成り立たなくなります」

「そっか……それは頭の痛い問題だね」


 領地運営において、辺境素材の取り扱いというのは非常に重要な要素らしいからね。そのあたりも今後どうしていくか考えないといけないわけだ。


「そもそも、このインスラ辺境島領が存在を許されている理由の一つが……優れた冒険者の輩出、というものなのです」

「冒険者?」

「えぇ。囚人たちはこの島の刑務作業で冒険者としての腕を磨いて、出所後は帝国西部各地で活躍することになります。そうやって社会に貢献しているからこそ、ここは監獄島として存続を許されている面があるのです。しかし、ここまで囚人を死なせてしまうと、その役割もどうなるか」


 うーん、なかなか問題が入り組んでるよね。

 懲役囚の死亡率についての話と、腕の良い冒険者を輩出するというこの領の役割の話、食料や錬金素材が不足するという話。それに加えて、東の村落やそこに連れられてきた人々を今後どのように扱うかという問題もあって……これはなかなか難しそうだ。


「……しかしクロウ殿のおかげで、コーンリリー家の毒殺未遂と、ピスカチオ市の水問題については解決しましたから。今はギリギリなんとかなっています」

「うん。ちょっと問題が山積み過ぎるよね。精霊神殿の今後の動きも気になるし」

「それもありましたね……私は一体、どこから手を付ければ良いのでしょう。そもそも女の身で、領地経営のいろはなど教育されていないのです。騎士たちの頑張りでどうにかなっていますが……父か夫が回復するまで、持ちこたえないといけないのに」


 うーん。全てをまとめて解決する妙案があればいいんだけど、そんな便利なものはないしなぁ。


「まぁ、一つずつやっていくしかないだろうね。実は僕から提案があるんだけど」

「提案、ですか」

「うん。まず最初に、この島に壁を作る許可が欲しいんだ。そうすれば――」


 そうして、僕はマルシェと今後の動き方について色々と相談していった。とりあえず「壁」を作る許可さえもらえれば、問題のいくつかは解決できると思うんだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る