07 チャンスがあったらとは思ってたけど
「――
僕の魔弾を避けたエイルは、小さく舌打ちをすると空気の中に溶け消える。隠形の魔道具か……でも無駄だ。僕は瞼を閉じて、魔力探知の感覚に意識を向ける。
「――
僕が魔力による装甲を纏うと同時に、エイルは杖で鋭い突きを放ってくる。効果は分からないけど、これも何かの魔道具だな。
もちろん、大人しく食らってやるわけもない。戦鎚で杖を弾き飛ばしてから蹴りを放つと、彼は後方に跳んで体勢を立て直した。
「おい。特務神官に手を出せば冗談じゃ済まねえぞ」
「覚悟の上だよ。もちろん僕だって、何も知らないわけじゃない。精霊神殿の派閥事情は色々と耳にしているから、エイルの所属する陣営がおそらく穏健派の中の一派だろうことは察しがついている。貴方個人が悪人だと判断しているわけでもない」
「なら、どうしてだ!」
僕が叩きつける戦鎚を、エイルは魔力の盾で捌き切る。おそらく指輪の一つが魔盾の魔道具になっているんだろう。なかなか厄介だな。
「被害者たちが誘拐された経緯は把握してるかな」
「……いや。それも調査中だが」
「僕は治療した六人から話を聞いた。そして、みんな揃って同じような手を使われていたんだよ」
戦鎚〈重撃〉に魔力を込め、魔盾に叩きつける。すると、エイルは衝撃に踏ん張りきれず、弾き飛ばされて背後の木に背を打った。
僕は彼に人差し指を向けながら、閉じていた目を見開く。
「民族連合の各国で、恋人たちの“駆け落ち”を支援しているのは穏健派の神官だった。そして――夫婦として国外へ出た彼らは、そのまま実証派の神官たちに捕らわれて実験台にさせられていた。つまり二つの派閥は裏で繋がっているんだよ」
「それは……本当か」
「真偽の天秤を信じなよ。まったく。神殿所属の研究員は大喜びだったろうね。なにせ同種族で同年代の男女が揃って孤立してくれるんだ。実験のサンプルとしてはずいぶん都合が良かっただろう」
そうして、僕は指に魔力を込める。
「さて。そんな状況で、穏健派の上層部の指示によって派遣されてきた特務神官が、被害者たちを治療もせず殺して回っているんだ。それが
僕の魔弾を、彼の盾が弾く。
「最後のチャンスだ、特務神官エイル。ここで引くなら、今だけは見逃す。しかし、貴方の返答次第では、僕らは本格的に敵対することになる……この言葉が本気だということも、真偽の天秤で理解してるね」
僕が魔力を荒ぶらせると……エイルは逆に魔力を鎮めて魔盾を解除し、ため息をつきながら両手を上げる。
「はぁ、分かったよ……情報提供に感謝する。確かめたいことができた。この場は引かせてもらおう」
「そう。まぁ、悪くない判断だと思うよ。あ、神官をやめたくなったらサイネリア組に来るといいよ。僕の下でこき使ってあげるから」
「誰が来るか馬鹿。命がいくつあっても足りねえよ」
だろうね、有能そうなんだけどなぁ。
「だが、そうか……他の土地でも、救出された少数民族の被害者たちは錬金術師協会が保護している。神殿が引き渡しを要求しても、どうやら大賢者のもとに引き取られたっつー話でな」
「なるほど。大賢者は協会のトップだからね。治療に関する知識も当然持ってるんだろう。良かった」
「そうみてぇだな。あの食えねえ爺さんが治療の件を大っぴらにしねえのは……組織ごと異端認定されるのを避けるためか。はぁ、嫌になるぜ」
深々とため息を漏らすエイルを眺めながら、僕は亜空間から書類束を取り出して、魔手で届ける。彼はきょとんとした顔でそれを受け取った。
「はい。この書類は餞別だよ。僕が保護した六人それぞれの出身地と、駆け落ちで世話になった穏健派神官の名前、彼らの国外脱出ルートと誘拐された場所。それと思い出せる限り事件の経緯を記してある」
「……チッ。最初から俺を顎で使うつもりだったな」
「人聞きが悪いなぁ。さっき会ったばかりの特務神官を顎で使う計画なんか事前に立てられるわけないじゃん。チャンスがあったらとは思ってたけど」
「思ってたんじゃねえか!」
まぁ、さすがに僕の権限や能力で調べられることには限界があるからね。
もし別の角度から事件を追ってくれる人がいるなら、情報提供をしようと思って念のために資料準備をしておいただけだよ。
「気をつけてね。この件については、穏健派であっても信用はできないと思うから」
「はっ、お前に心配されることじゃねえよ」
エイルはそう言い放つと、僕に背を向けて、片手を振りながらゆっくりとその場をあとにした。
◆ ◆ ◆
僕が村落に戻ると、さっき別れたばかりのエイルがガーネットの治療を受けていた。ベッドにうつ伏せになり、背中には錬金薬を湿布している。うーん。
「エイル……」
「無理だった。背中がくっそ痛くて、今日はもう一歩も動けん。明日から頑張るわ」
「うん。なんかごめんね」
彼のことは見なかったことにして、ガーネットの顔を覗き込む。
「みんなの治療ありがとう。助かったよ」
「いえ……それよりクロウさん。被害者は?」
「少数民族の五組十人。それから
「もちろん。そのために来たんですから」
うんうん、頼もしいなぁ。
ガーネットは神殿の書籍を自分で解読して、既に僕の知らない錬金薬をいくつも作れるようになっている。人を癒やす錬金術師――その夢を、今まさに歩んでいると言っていいだろう。
「ペンネちゃんたちはどうしてる?」
「はい。ペンネさんとトレンさんが交代で村の防衛にあたっていて……今はペンネさんが休んでいる頃ですね。お二人とも忙しそうでしたが、戦闘は問題なかったようです」
それは良かった。とりあえず、トレンにはお願いしたいことがあるから、代わりにジュディスに入ってもらおうかな。
「――ジュード。出てこれるかな」
「はい。ボクに御用でしょうか」
「そろそろ君の魔力も回復してきた頃合いだと思うんだけど。もうひと働き、トレンの代わりに村の防衛をお願いできるかな」
僕の言葉に、仮面を被ったジュディスはこくりと頷いて土壁の方へと向かっていく。酷使しちゃって悪いけど、この場はお願いしたいんだ。僕はトレンと一緒に急いで行くところがあるからね。
「クロウさん。どこかに向かわれるんですか?」
「うん、ちょっとね」
キョトンとしているガーネットの頭を撫で、頑張った彼女を労いつつ、話をする。
「ヘルビス伯爵領のサファイア市。どうも、どこかの特務神官がバンクシア本家を焼き払ったらしいからね。現地に行って状況を確認したいんだ。生き残りがいるかもしれないし」
僕の言葉に、ベッドに横たわっていたエイルの肩がピクリと跳ねた。大丈夫、この件で君を責める気はないよ。バンクシア家の所業を考えれば、避けられない事態だったんだろうしね。
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