ドキッ♡ヤクザだらけの異世界転生〜仁義もあるよ〜
まさかミケ猫
第一部 サイネリア組の後継者
第一章 ヤクザのお嬢様
01 生きて帰れるかなぁ
――真のヤクザは、貴族と見分けがつかない。
僕の脳裏ではそんな風に、貴族とヤクザの類似性に関するどうでもいい議論が渦を巻いていた。うん、現実逃避である。だってさぁ、目の前の現実を受け入れるには、何かこうワンクッション必要だったんだよ。
「クロウは今日から私の世話係ね」
十歳の少女レシーナは、そう言ってニヤリと口元を歪めた。
月の女神のような長い銀色の髪は複雑に編み込まれ、鋭い目には鮮血のような赤い瞳が魔力を帯びて淡く光っている。瞳と同色の赤いドレスは細部まで凝った作りをしているから、一見すると、どこぞの貴族令嬢かと思うほど優雅なんだけど。
――ヤクザの娘なんだよなぁ。
この地域一帯の裏社会を取り仕切るサイネリア組。その若頭の娘、というのがレシーナの立場だ。そして、そんなヤクザ令嬢の世話係をしろと命じられているのが僕の現状なのである。どうしてこうなった。
「嫌とは言わないでしょう?」
「普通に嫌だけど」
「ふふふ……」
僕の回答に、レシーナは微笑むばかり。
早朝から屈強な男たちにいきなり拉致されて、こんなヤクザ屋敷に連れ込まれたわけだけど……もう帰っていいかなぁ。僕には辺境スローライフという胸熱な人生プランがあるんだけど。
「私にそんな口を叩けるのはクロウだけよ。絶対に逃さないから」
「嫌だと言ってるんだけど」
「刺すわよ?」
何を?
いやまぁ、うん。仕方ないね。これも異世界あるあるだと思って、今は大人しく逃走の計画を練るに留めておこう。だからとりあえず、その
そもそも、こんなことになったきっかけは――
◆ ◆ ◆
前世で大学生だった僕は、色々あって実母に撲殺され、気がついたら赤ん坊に生まれ変わっていた。
それはともかく、なんとこの世界には魔法などというゲームみたいな仕組みが実装されていた。僕も使える。というか、みんな使える。やったぜ。
魔術、錬金術、魔道具、魔物……そんなワクワクする単語を耳にするたび、僕のテンションは爆上がりだった。
「くくく……僕は絶対にクラフトゲームを再現する。目指せ辺境スローライフ!」
「おにい、クラフトってなーに?」
「兄の趣味さ。パン屋と両親のことは任せたぞ、妹よ。あと鼻水たれてるよ」
クラフトゲームは、前世の僕にとって唯一の趣味だった。
だから、この世界でもゲームを再現したくて色々と試行錯誤したんだよね。掘った土をキューブ状に固めたり、それを亜空間に自動回収したり、集めた素材でクラフトしたり――そういう感じの魔術や魔道具を作っていたら、転生して約十年の月日が流れていた。苦労はしたけど、再現度はけっこう高いと思う。いろいろ頑張ったもんなぁ。
さて、そんなある日のことである。
いつものように川原で魔力増強トレーニングを行っていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこと筒型の緊急避難ポッドが流れてきた。たしか重要な施設とかに置いてある魔道具だよね……何かあったのかな。
急いでポッドを引き上げて中を覗き込めば、そこには僕と同い年くらいの銀髪の女の子が、半死半生で蹲っている。
「うわ、酷い怪我だな……顔色も悪い。毒か」
彼女の左肩を撃ち抜いたのは、
術式で効果が決まる魔術とは違い、魔法というのは一人一つ、本能的に行使する能力だ。僕の魔法は亜空間を操るものだったので、夢の辺境スローライフに向けて快適な
だから僕は、亜空間にポッドの残骸と女の子を回収すると、何食わぬ顔で川原を立ち去ることにした。事情は分からないけれど、こんな大怪我だ。追手がいる可能性を考えれば、こうして匿う方がなにかと都合が良いだろう。
傷の応急処置を終え、自作の魔道具を使って彼女の体を詳しく調べる。すると、何箇所かの骨が折れていて、見た目よりも状態が悪いことが分かった。毒で内臓も弱っていたから
「ここは……貴方は」
「僕はクロウ・アマリリス。しがないパン屋の
話しながら、パン粥の木皿を
「ごめん、なさい。まだ起き上がれなくて、その」
「じゃあ僕が食べさせるね。胃腸も弱ってるだろうから、ゆっくり少しずつだ」
この世界の人間には、ヘソの下あたりに宝石のような魔力生成器官――魔臓と呼ばれる臓器がある。
彼女の魔臓はかなりの大きさで、それに比例して身に纏う魔力も強力だ。だから、こうしてゆっくり休める状態を作れば、おそらく魔力の助けを借りて安定した回復が見込めるだろう。
そんな風にして、レシーナを拾ったのが春のこと。生活の補助、体の検査、調薬や治療。忙しくしているうちに夏がまるまる過ぎて、彼女の体調が戻ったのは秋になってからだった。怪我はともかく、複合魔法毒の影響を排除するのには少し手間取ったんだよね。
彼女にお願いされて手紙を出したりはしたけど、僕はあえて詳しい事情には踏み込まなかった。というのも、彼女の仕草には上品さが滲んでいたから、たぶん貴族だろうと思って。生きる世界がそもそも違いすぎるよね。
「ねぇ、クロウ」
「ん? どうした」
「貴方は……私が怖くないのかしら」
怖い? と少し考えて、合点がいった。
血筋の影響か、彼女が纏う魔力の質は普通とはまるで違う。仮に平民の魔力をネズミくらいだとするなら、彼女の暴力的な魔力はネコを通り越してトラくらいの威圧感がある。きっと今まで、周囲に怖がられながら孤独に過ごしてきたんだろう。
「僕の手を握って」
「……えっと」
「いいから。魔力量を探ってみてよ」
僕の纏う魔力は、一見何の変哲もない平凡なもの。恐怖どころか注目すらされないレベルだ。しかし体内魔力量という点では、この十年でめいっぱい鍛えた成果がちゃんと出ていた。
「けっこう頑張って鍛錬したんだよ。それで、この膨大な体内魔力量のおかげで、僕には魔力による威圧が効きづらいみたいなんだ。つまり……僕は君を怖がらない」
僕の言葉に、彼女の瞳が少し潤む。
「クロウ。あのね……私、今まで誰かと親しくしたことがなくて。何をどうしたらいいのか、全く分からないのだけれど」
その声は小さく震えていて。
「私と……友達になってくれる?」
「ん? 僕はとっくに友達のつもりだけど」
「ふふふ。そっかぁ……ふふ」
彼女は何やら憑き物が落ちたかのようにスッキリした顔で、目尻の涙をそっと拭った。僕は何も見ていないふりをして、錬金水薬の瓶を片手で弄る。
「まぁ立場とか色々あるだろうけど、僕のところにはいつでも遊びに来ていいから」
「えぇ、分かったわ……挙式はいつにしようかしら。新婚旅行は海辺のリゾートがいいわ。子どもは最低十人。あぁ、側室を許さないほど狭量ではないけれど、妻の序列については譲らないわよ」
「うーん? なんだろう。僕と君の間に、なにやらものすごい行き違いが急に発生したよね。なんで?」
というか、そろそろ手を離してくれていいんだよ。そんなにギュッと握らなくても逃げないし。痛い痛い。骨が軋んでるけど。
まぁそんなこんなで、回復した彼女が帰っていった数日後、僕は屈強な男たちに「お嬢がお呼びだ」と強引に拉致された。そして、実は彼女は貴族ではなくヤクザの令嬢であると知り、順調だった辺境スローライフ計画は見事に暗礁に乗り上げてしまったのである。悲しいなぁ。
◆ ◆ ◆
身分制度から考えると、一応レシーナは平民ということになる。
ただ、亡くなった母親は貴族家出身らしいし、祖父である組長は上位貴族と渡り合えるほどの権力を持っていて、父親は若頭――要は次期組長という立場で幹部会を取りまとめているんだとか。下手な貴族よりたちが悪いぞこれ。
まぁ、綺麗なドレスで着飾っているのは僕を迎えるためと聞けば、悪い気はしない。それに、こうして中庭で優雅に紅茶を飲んでいると、貴族とヤクザの違いが本当に分からなくなってくるけど。
「実は世話係の他に、クロウに一つお願いがあって」
レシーナはそう言うと、静かにティーカップを置いた。お願い?
「私のお爺様――組長の食事にも、私と同じ毒が盛られていたみたいでね。その治療をクロウにお願いしたいのよ」
「それは構わないけど、専属の薬師なんかは?」
「毒を仕込んだ裏切り者が、組の筆頭錬金術師と料理頭だったの。どちらも今頃は魔魚の餌になっていると思うけれど」
なるほど。下手人は始末したものの、組織内にまだ裏切り者がいるかもしれない。誰を信用していいか分からない。そんな中、僕にはレシーナを治療した実績があるから……うん。なんでそんな殺伐としてんの。
その後、返答を間違えるとレシーナが
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