幼稚園から透明人間
海湖水
幼稚園から透明人間
いつからだろう、君が僕のことを無視してくるのは。
まるで僕が透明人間になったかのように振る舞う彼女を見ると、胸が少し痛み付けられる。
周りのみんなが急に僕のことを無視し始めたのは、幼稚園の頃から。幼稚園の頃の記憶は鮮明でないが、時期としてはそれぐらいだと思う。
「今日はテストか……」
教室の隅で、ポツリとつぶやいた。
彼女と同じ高校に入れたは良いが、僕は学校の中でも成績が悪い方なのだ。
両親はそんな僕の成績を知っているからか、僕のことを、まるでいないかのように扱ってくる。
正直、そんな両親の反応は悲しいが、自分の成績が上がれば見直してくれるだろうか。今は、そんな希望に懸けて勉強にいそしむばかりだった。
そんな僕と比べると、やはり彼女はすごい。
学年でトップの成績を維持できる彼女は、僕のあこがれの人だった。
そして、彼女は僕の大切な人でもある。
僕が無視されていた時、手を差し伸べてくれたのが彼女だった。
大丈夫?みんな無視してくるなんて酷いよね。そんな言葉を、透明人間になった僕にかけてくれたのは、幼い僕にとって救いも同然だった。
彼女が僕と話していると、周りの大人は、僕と話すのを必死に止めようとしてくる。
そんな日々が続いていると、次第に彼女も僕に反応するのをやめてしまった。
だけど、今も彼女のことは大好きだ。これを、恋というのだろうか。よくわからないな。
けど、僕も今回は覚悟を決めた。こんな無視されてばかりの人生も終わりにするのだ。
今日から始まるテストで高得点を取って、親と仲直りするのだ。そして、親と仲直り出来たら、彼女に思いを告げる。
自分の人生はまだまだ続くのだ。だからこそ、こんな人生では身が持たない。
「それではテストを解き始めてください」
合図とともに、僕は解答用紙に鉛筆を走らせた。
「母さん!!父さん!!やったよ!!100点だ!!」
僕の声が家に響く。
やっと目標に到達できたのだ。これできっと、二人とも僕のことに気づいてくれるはず。そんな思いを抱えて、僕は母の部屋のドアを開けた。
部屋の中には誰もいなかった。どこかに出かけているのだろうか。父は今は仕事に出かけているだろうし……。
「教えるのが楽しみだな」
僕はそんなことをつぶやきながら、自分のベッドに倒れこむ。
僕のベッドも小さいころから変わっていない。早く買い替えてもらわないと。
何より、今回の一番の目標は彼女に思いを伝えることだった。もう靴箱に手紙は入れてある。大丈夫、きっとうまくいく。きっと、きっと、きっと……。
「そういえば、今日はやけに静かだな」
車が走る音だけが聞こえる。それだけしか聞こえなかった。鳥のさえずりも、近所のおばあちゃんが喋る声も、散歩をしている子犬の鳴き声も、何も聞こえない。
「そろそろ時間だな。待ち合わせの場所に向かわないと」
彼女に告白する場所は、ずっと前から決めていた。彼女と昔、よく遊んだ公園。そこが僕らには一番似合ってる。
公園に行く道中、誰にも会うことがなかった。人通りがもともと少ない道を通っているといえども、少し不気味に思えた。
「あれ?誰もいない……。まあ時間はまだだし、ブランコでもこぎながら待って居よう」
自転車を公園の隅に止め、ブランコをこぎだす。ギィ、ギィと錆びついた鎖の音を聞くと、幼稚園の頃を思い出してくる。
その時、公園に自転車が入ってきた。人は乗っていない。自転車だけが入ってきたのだ。
最初から分かっていた。 僕の、忘れようとしていた、幼稚園の頃の記憶。
ブランコに乗っているとき、僕は滑り落ちて頭を打ち、死んだのだ。彼女は、その死んだ後の僕が、小さいころだけ見えていた。だから変わらずに接してくれた、それだけなのだ。
僕にはもう自転車に乗っている人が誰なのかもわからない。
彼女が成長するにつれて僕が見えなくなったように、僕も彼女たちが見えなくなってしまっただけなのだろう。
今も心の中で問いかける。
いつからだろう。僕が君たちを無視するようになったのは。
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