婚約破棄された後は、何故かもう1人の幼なじみに恋人の手ほどきをされてます

@hime3

第1話

「・・・もう・・・そこは・・・」

官能的な甘い声が、扉越しから聞こえ、否応でも体が硬直した。

扉を叩く為に上げた手が固まった。

微かに聞こえる鳴き声と、吐息の漏れる音に耳を傾けながら、私はどうすれば良いのか分からず立ち尽くしていた。

これは現実なのか、目の前が揺らぎ目眩がした。

これは、夢、幻聴、だと暗示かのように反芻する声に、より朦朧とした。

思考回路は混乱しているというのに、体は正直で、心臓の音だけが煩い程に身体中に鳴り響き、より早鐘を打っていく。

そうこうしている内に、声は否応なく耳にはいり、聞きたくない事に限って何故か大きく聞こえる。

「あ、あ・・・ん・・・」

女としての甘い声が、また、聞こえた。

駄目、よ。

早く帰ろう。ここにいても、グロッサムには会えないのよ。用がある、と言っていたもの。

頭では分かっていても、足に根が生えたように動かなかった。

そうして、扉の前で固まっていた私の耳に、その名前が響いてきてしまったのだ。

「・・・あぁ、だめぇ・・・そこは・・・んっ!そこばっかりぃ・・・グロッサムったらぁ」

グロッサム。

艶やかな声色から、その名の者と女性の情事が鮮明に浮かび上がり、私の中で何かが崩れ落ちた。

「グロッサム・・・愛しているわ・・・」

その甘い声が、またその名を呼ぶ。

「アムルは可愛いな。それに、もっと、だろ」

聞いたことも無いいやらしいグロッサムの声がする。1度として、自分にそんな欲望に満ちた声を向けた事はなかった。

そうして、確かに、その声の主は紛れもなくグロッサムだ、と冷静に思う自分が嫌だった。

見て見ぬふりをする自分と、奥底に棲う現実を突きつける自分とは、

なんて違うのだろう。

なんて残酷なのだろう。

何故、人違いだと思う自分を、自分は信じられないのだろう。

去ろう。

これ以上嫌な気持ちなりたくない。

上げた腕を虚しく下げ、ざわざわとくすぶる、知りもしない感情に震えてくる体を必死におしやり、知らず幾度も深呼吸していた。

「うふふ。もう意地悪ね。あの子がいるのに、こんなことするなんて」

あの子、と言う言葉にビクリと身体が震える。

だめよ、聞いちゃだめ。

違う。聞かなきゃだめよ。

ふたつの心が、私の素直な気持ちがぶつかり、葛藤する。

「ああ、あれか。単に昔から知っている腐れ縁で婚約しただけの、そうだな、幼なじみというやつだ。つまらない女だ」

つま、らない・・・?

腐れ縁?

私、が?

「ねえ、それなら私を選んでくれる?私はつまらない女?」

甘い声を出しながら、あえてそこを、ため息なのか喘ぎなのかもう分からない呼吸を足しながら、比べてきた。

「雲泥の差だ。君を選ぶに決まってるだろ」

雲泥の差。

その言葉が私の胸に鋭く突き刺さった。

何かが弾け飛び、バン、と目の前の扉を開け放ち、勢いよく中に入ると、眼前に飛び込んで来た光景は、声の通りの抱き合った2人だった。

ただ幸いだったのは、まだ、2人は服を着ていた、という事かもしれないが、豊満な胸は露になり、その豊満な乳房をグロッサムが鷲掴みにし、激しく揉み、顔を埋めていたのが、目に入った。

そして、その手の動きに合わせるように、アムルが身体をしならせ、腰を揺らしていた。

まるで恋人同士のようなその様子に、あまりにも衝撃的に、思考回路は麻痺した。

「な、にしてる、の?」

急に私が扉を開けそう問うたから、一瞬2人は驚いたが、すぐに嫌そうな顔になり、渋々離れた。

「何だよ、何しに来たんだよ。今日は用事あると言っていただろう!だが、丁度良かった。君とは婚約解消しよう。もともとそのつもりだったんだ。さあもう用は無いはずだろ。さっさと帰れよ。俺達は、これから大人の時間を楽しむんだ」

矢継ぎ早に、吐き捨てるグロッサムには、私を邪魔者扱いするように叫んだ。

婚約解消、と簡単に突きつけてくる。

確かに今日は用事があるから、と言われていたが、近くを通ったから、帰っているかもしれない、と寄ってみた。

執事に、学園のご友人が朝から来てますよ、と言われ部屋の前に来たらこの状況だった。

それも、婚約解消だなんて、急に突きつけられて戸惑うばかりだった。

この場で、言い返す事も出来ず唇を噛んで俯いた。

「早く帰りなさいよ。婚約解消言われたのよ、いつまでそこにいるのかしら?」

ふんわりと妖艶な微笑みで、

意地悪な言い方。

意地悪な眼差し。

いつだって、私を敵視し嫌がらせばかりしてきた。

これも、その一つ?

「・・・私は・・・」

婚約解消なんてしたくない!!

そう言いたいのに、グロッサムの面倒臭そうな顔を見て、言葉は消えてしまった。

ぐっと唇を噛み、見つめるしか無かった。

「ただの幼なじみ、でしょう?ねえ、グロッサムそうよね」

妖艶な微笑みを浮かべ、甘く上目遣いでグロッサムの首に腕を巻き付ける。

そしてその手を首から頬へといやらしく滑らせると、グロッサムは身震いしアムルの唇をゆっくりと撫でながら、首元にキスをした。

その様子を見せつけるようにアムルは、目を細め私に笑って見せた。

ああ、いつものその勝ち誇った顔ね、アムル。

その仕草、その表情。

これも嫌がらせの1つなら、酷いわ!

「ああ、ただの幼なじみだ。帰れよ。見てわかるだろう?邪魔なんだよ!」

私を全く見ようともせず、酷い言葉で突き放した。

「もう、そんな泣きそうな顔するなんて、演技上手いわね。幼なじみの婚約解消なんて、私でもあったわ。親が勝手に決めた婚約なんて、バカバカしいしいもの。ねえ、本当は貴方も心の中では、喜んでいるのでしょう?」

色っぽい微笑みでグロッサムを見ると、グロッサムは息も荒くアムルの腰に手を回した。

私がグロッサムを好きだ、と知っているくせに!

「じゃあお互い様だから、いいだろ。帰れよ、わかるだろ?俺はこれからアムルとゆっくり大人としての話し合いがあるんだ」

見たことも聞いた事もない、冷たい感情を私に向け。

見たことも聞いた事もない、優しい言葉をアムルに向けた。

もう、その場にはいれず、私は、踵を返した。


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