第5話 彼女は「No」を、垂れ流す。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。





「う わ き だああああ!!!」


 家中にミヤコダさんの絶叫が響いた。カヌキさんが、うんざりした顔をして、その絶叫を無視した。

 何せ、この古い家は、カヌキさんがホラー映画をどんなに大音量で見たとしても近所迷惑にならない立地に建てられている。それをよく知っているミヤコダさん(カヌキさんのために探し出したのがそもそもミヤコダさんだし)は、遠慮なく、大絶叫したわけで。


「浮気なんかしてませんから」

 ミヤコダさんが息を切らして静まったところで、カヌキさんは冷たく言い放った。「本当うるさいな」、とのオマケの呟き付きで。

 さて、浮気の基準、恋人以外の人と二人で食事する。これが浮気になるかならないか? その線引きは人によって違うだろう。

 カヌキさんは、ミヤコダさんのいない日の夕食に、アライさんと二人で食事をしに行ったのだ。アライさんは女性で、ミヤコダさんの親友兼悪友の一人であり、その人となりは、むしろミヤコダさんの方がカヌキさんより分かっていて、ミヤコダさんを揶揄うのが趣味の良き友人だ。そして、食事したのは、大学近くのごく普通のファミレス。

 となれば、これを浮気と言うのは、まあ、ミヤコダさんぐらいのものだ。


 カヌキさんは、ミヤコダさんの目を覗き込むように顔を近付けた。

「私、あなたのそういう嫉妬深いところ、心・底・煩わしいです」

 心底の強調にミヤコダさんが、少しだけ顔を顰めると、カヌキさんはクスッと鼻を鳴らして目を細める。誘うように顔を少しだけ近付けて、止まる。あと数cmの隙間を残して。

「……でも、そこが可愛いとも思ってしまいます」

 ミヤコダさんは、我慢ができなくなって、僅かな隙間を埋める。

 埋め尽くす


 カヌキさんはミヤコダさんの宥め方をすっかり心得ている。



「で、何、食べたの?」

「オムライスです」

「わたしも、深弥みやとオムライス食べたかったな」

 瞬間、カヌキさんの脳内映画検索が反応する。


「ね、架乃かの、オムライスが最強の映画を観ましょう」

 ミヤコダさんはカヌキさんに胡乱な目を向ける。

「オムライス、……最強?」

 噛み合わない二つの単語に、ミヤコダさんは嫌な予感を覚えた。




 ある若いサラリーマンが結婚し、子供に恵まれ、その幸せを象徴するようなマンションを購入する。しかし、とても幸せに見える彼は、何もかも全てが空虚である上、子供の頃から災厄を呼び寄せていた。マンションでは怪異な事件が繰り返し起き、命を落とす者も現れた。彼は、知人を通じて凄腕の霊媒師に助けを求めたものの、もはや一人の霊媒師の手に負えるような状況ではなかった……




 見終わったミヤコダさんが固まっていた。

「……確かに、オムライスが最強、だったわ」

 ボソリと呟く。そして喚く。

「もう、何これ、メチャクチャ怖かったんだけど!」

 その泣き言を聞いてカヌキさんが、あははっと笑う。

「でもこれ、凄いわよね。えっとゴア表現って言うんだっけ、血みどろのシーンのこと」

「そうです」

 ブルっとミヤコダさんは、1回だけ震えると両腕で肩を抱えた。

「そのゴア表現よりも、愚かな人間の方がよっぽど怖くて」

「て?」

 促すようにカヌキさんは、ミヤコダさんの肩を撫でる。

「その愚かな人間よりも、純粋な子供の方がもっともっと恐ろしい」

「同感です。私もそう思います。この映画の怖さは人のごうです」


「にしてもさ、あのオムライスはないわよ」

「あはは、ですよね」



 後日、カヌキさんは、怖い思いをしたミヤコダさんのためにオムライスを作ってあげた。

深弥みや、深弥、ケチャップで、『架乃かの愛してる❤︎』って書いてね」

「私、不器用だから、そんなの無理です」

「えー、実験とかですっごく細かいことしてるんでしょー」

 一緒にしないでくださいよ、と言いながら、カヌキさんはケチャップの入っている容器を手に持つ。3分の1くらいしかケチャップは残っていない。容器を振りながらカヌキさんは考える。


『架乃愛してる』は文字数も画数も多過ぎて無理。

 簡単な単語で、同じような言葉……



「あああ、失敗した」

「え?なんて書いたの?」

「あなたが1番って意味の言葉を書きたかったんですけど。1が入らなくなっちゃって……」




 黄色い半月の上の赤い文字は



 カ ノ = No





「のおおおおお?!」

 かくして、二人の家には、再びミヤコダさんの絶叫が響き渡った。




 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

 ネタにした映画

「来る」(2018)





 こんちは、うびぞおです。

 無事、第5話です。新作短編&似非エッセイです。


「来る」は、大好きな邦画ホラーです。好きなポイントはいっぱいあります。前半の妻夫木さんが演じるク⚪︎旦那の⚪︎ソっぷり(ほんとに腹が立つくらいに)、妻である黒木華さんの素敵な腹黒っぷり、後半は、柴田理恵さんのいるラーメン屋。松さん小松さんの超ヤバ霊媒師姉妹、なんと言っても圧巻の日本全国霊媒師、そして、その全てを破壊してしまうラストシーンのオムライスのうたの腰砕けなことと言ったら。まぁ、なんて見どころ一杯なんでしょう!

 観たことのない人は、「だから、そのオムライス最強ってなんなの?日本全国霊媒師フェスって何?」ってなるんでしょうか。まだ観ていない方でホラーが大丈夫ならフェスとオムライス最強を確かめてください。ホラーがダメな方は、この映画、結構怖いので観ない方がいいです。ネットで調べてください。


 ホラー映画は、視覚・聴覚を刺激してナンボなところがあって、邦画ホラーの映像は、金のかかった洋画ホラーにどうしても負けてしまいます。ですが、心理描写の描き方であれば邦画ホラーもなかなか負けてはいません。この映画の場合、前半に描かれるあからさまな人間の陰湿さ・無神経さ・いやらしさなど、そんな人間描写があるからこそ恐怖シーンが際立っていると思います。

 ただし、ホラー映画に心理描写をどの程度入れるか、というのは、人それぞれの好みもあって実は難しい問題です。人の気持ちなんて全く顧みず、じゃかじゃか潔く切り刻んじゃうスラッシャー系のホラー映画はそれはそれで楽しいし、心理描写に力を入れすぎて変にお涙頂戴が入ったホラー映画はしみったれてて怖さが半減してしまうということがあります。その点、「来る」は、映像の恐ろしさも心理描写もどちらもてんこ盛りで、泥ソースのように濃い和製ホラーです。だから好きです。

 好きなんですが、濃すぎるせいなのか、本編「怖い映画を見たら一緒に夜を過ごそう」では使いどころが見つけられませんでした。残念。

 

 映画エッセイと言いながら、うびぞお、この映画のここが好きー!と早速ただ書きなぐるだけになってきた『とまれ』ですが、次回もよろしくお願いします。

 次回公開は未定。目標は週1か、10日に1回くらいのペースかな。とりあえず10話以上は書きたいです。



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