風の街、硝子の街

飛牙マサラ

プロローグ

 風が鳴いている。

 

 絶え間なく吹き荒んでいる風が辺り構わず砂を撒き散らすだけで、周囲には何もない。

 

 ただ見渡す限り、砂漠が続いているだけだった。

 

 外はこんな風になっていたんだな。

 

 力弥リキヤは静かに辺りを見回した。

 

 風が撫でると身体中の傷が痛むが、不思議と心地いい。

 

 想像していたものとはかなり違っていたし、何よりも目に映るのは初めて見る光景であったはずだが、妙に落着くのが不思議だった。

 

 荒涼として何もない、ただ砂と風だけが舞う世界のほうが背後にある燦然さんぜんと輝く建物よりも現実的に思えた。

 

 こうやってみるとどうにも嘘臭い存在だな……。

 

 滑稽にすら思える街がそこにはあった。

 

 歓楽の街、パレス。

 

 泡沫うたかたの街、夢見る街……愚者の楽園。

 

 自分が最後まで馴染めなかった街であったが、それでも最愛のものと逢えた街だった。


「マユラ……」


 そう呟いて、彼は腕に抱えたものを見つめる。

 

 腕の中には毛布にくるまれた、一人の少年……いや、もしかしたら少女だろうか?

 

 どちらにしてもその瞳は今閉じられたまま動かない。

 

 ただ眠っているだろう、その姿は青みがかった銀色の髪と透明な肌が人ではない印象を持たせる。

 

 力弥の腕に抱かれた中で少年の髪だけがそっと流れる、ただ静かに風に揺らぐままに。


「マユラ……ほら、外だよ。とうとう来たんだ」


 名を呼ばれても、彼は何も答えなかった。相変わらず瞳も固く閉じられたまま、微動だにしない。

 

 力弥はただマユラを愛おしそうに撫で、再びしっかりと抱き締めた。


「もうすぐ来る時間だね」


 振り向くとそばかすと大きな瞳が印象的な娘がにこりと微笑んでいた。


香野カノちゃん」


「さてさて、忘れ物はないかな?」


 てきぱきと荷物の点検を始める香野に力弥は尋ねる。


「ここから先は何があるのか、分からない。それでも一緒に来るのかい?」


「もう決まっていることだから大丈夫! さあ、力弥さん、行こうよ」


 香野が大きな瞳を輝かせて迷わずにそう言う。


 この子も直向ひたむきに生きる。誰にも嘘は付かない、勿論自分にも。


 それがマユラにとってどれほど救いだったか想像に難くない。力弥にとってもこの少女は救いだった。


「ああ、そうだね」


 砂塵渦巻く道先は安穏としたものではないけれど、それでも行く価値はある。


「そうだよね、マユラ……」


 だが、マユラは腕の中に眠るまま動かない。それでも彼には微かに微笑んでいるように思えた。

 それを肯定するように少女が告げる。


「マユラはゆっくり眠っているだけだから大丈夫! 新しい街に行ったら直ぐに起きるよ」


「そうだね、香野ちゃん、そうだね」


 少女の言葉がとても暖かくて、力弥にはとても有り難かった。


 そうだ、眠っているだけなんだから起こしてやらなきゃな。


 微笑み合いながら二人はマユラを限りなく優しい眼差しで見つめる。


 ただそれだけの時間がとても愛おしかった。


 ふと何処からともなくクラクションが鳴るのが聞こえた。


 合図だ……とうとう迎えが来たらしい。


 力弥と香野は音が聞こえた方にジッと目を凝らす。知らず知らず緊張しているせいか、お互いに無口になる。


 暫くすると遠くから古ぼけた一台のジープが来るのが見えた。これからの旅にはかなり役に立つのだろうか。


 そして――


 彼らは歩き出した、もう戻れない道に向かって、遙かなる希望に向かって。


 歩きながら、力弥は思い出す。


 二人が出逢った初めての時を。

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