第35話「轢殺! ピラミッドRUN」

『兵士諸君、あの遺跡の頂から40世紀の歴史が君たちを見下ろしている』



 ピラミッドに関する名言といえば、ナポレオン・ボナパルトがエジプト遠征で残したとされるこの文句だろう。

 4500年以上も昔から存在する巨大な遺跡は、西欧人にとっては神秘の塊のようなものだった。何しろ西欧人が遡れる歴史の限界が古代ギリシアで、ピラミッドはさらにその1000年以上も前から存在しているのだからすさまじい。

 まああまりにも古すぎて最早何のための建造物だったのか誰もわからなくなっているのだが、逆に言えばどんな設定を付け加えてもいい不思議スポットとして創作物では格好のネタにされている。


 『ケインズガルド・オンライン』でもその例に漏れず、ピラミッドは大型ダンジョンのひとつとして用意されていた。

 エキゾチックで神秘的だがどこか不穏なBGMと、VRをフルに活かした荘厳さを感じさせずにはいられない威容。そして内部には無数の守護者が出現し、盗掘者に死の裁きを下すべく襲い掛かる。

 自分は神聖な空間を侵しているという罪悪感を感じさせる仕掛けが散りばめられており、そのプレッシャーが攻略をさらに困難なものにしていた。

 そんな神聖な空間の中を、



「いけいけヒッポちゃん! 邪魔なのはみんな踏みつぶしちゃえ!」


『よーし、しっかり掴まってるんだな~!』



 戦車カバに乗ったゴスロリ少女が爆走していた!


 ミイラ男や一つ目が付いた石板型ゴーレムエメラルドタブレットが行く手を阻もうと立ちはだかるが、それらが出てくるそばからぽんぽーんと景気よく跳ね飛ばしている。

 リアルのカバは鈍重な見た目にそぐわず時速40キロ以上で走れる快速生物だが、戦車カバはフルスピードで60キロは余裕で出せる。さらに物理防御力は装甲車並みなのだから、これでぶちかまされれば高レベルモンスターといえどタダではすまない。

 あるモンスターは数トンの体躯の下敷きになって轢き潰され、あるモンスターは壁に叩き付けられてシミになる。経験値ごっつぁん! アイテムごっつぁん!



「うっはーーーー! 気持ちいいーーー!!」



 カズハのウッキウキの歓声が、神秘的なピラミッドのBGMをかき消していく。

 こんな交通事故量産マシーンにまたがれば反動で振り落とされそうなものだが、つい最近取得したスキルがそれを防いでいた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【騎乗1】


『ライド可能なテイムモンスターに騎乗できる。

 騎乗中のHPと防御力はテイムモンスターのものを適用し、テイムモンスターが死亡するか騎乗者の蓄積ダメージが一定以上にならない限り振り落とされない。


 習得条件:テイムモンスターにまたがって5体以上の敵を轢く』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これ絶対馬に乗ること想定してるやつでしょ。


 しかし戦車カバにまたがっちゃいけないとは一言も書かれてないし、相性的に考えて戦車カバほど向いているモンスターもそうはいない。何しろ防御力がクッソ高いうえに軽自動車並みの速度が出るので、恐怖の轢殺マシーンになれるのだ。攻略Wikiにもライド用オススメモンスターとして書かれているくらいの、高位テイマーの鉄板である。

 唯一の欠点はめちゃめちゃ怖いことだろう。何しろ軽自動車と違って身を守るフレームがない。生身で風を感じながら時速60キロで敵にぶつかっていく感覚は、ダメな人には絶対に受け入れがたい恐怖である。



「たーーのしーーー! ヒッポちゃん、どんどん轢いちゃおう!!」


『狭い通路に溜まるから、轢き放題なんだな~!!』



 この子どっかイカれてるんか?

 まるで恐怖の欠片も感じてないカズハは、出てくるモンスター全部跳ね飛ばしながらノリノリで迷宮の奥へ奥へと突っ込んでいく。


 ミイラ男ごっつぁん! エメラルドタブレットごっつぁん! ワージャッカルごっつぁん! アリゲーターマンごっつぁん! ファラオマスクごっつぁん! いちいちモンスター名読んでないけどその他もろもろごっつぁん!!



『あっ、直角の曲がり角なんだな~!』


「ここでジャンプしてハンドルを右に! ドリフトだよ、ヒッポちゃん!」


『うおお~! インド人を右に~!!』



 ヒッポちゃんがぎゅぎゅぎゅと足元に青い光をまとわせながら、6トンにも及ぶ巨体を滑らせて直角にドリフト。減速するどころかさらにミニターボを発動して、曲がり角の先へとかっ飛んでいく。



『これそういうゲームじゃないんですけど……』



 運よく轢殺を免れたミイラ男が、みるみる小さくなっていくカズハたちの背中に呆れた声を投げかけた。




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「ここが目的地かな?」



 “それっぽい”空間にたどり着いたカズハは、ヒッポちゃんから降りて周囲を見渡す。

 そこは深い闇に閉ざされた広間だった。上下左右どこを見ても闇が空々漠々くうくうばくばくと広がっており、どこが壁なのか判然としない。

 カズハはアイテムボックスからカンテラを取り出すが、そのかぼそい明かりでは照らしきれないほどに広い空間のようだった。



「ピーちゃん、カンテラ持って飛んでみて」


『なんでどうして解せないのだわ! 私の翼は華麗で素敵な舞いを見せるためにあるの! こんな暗くてまっくらじゃ退屈でつまらないのよ!』



 ヒッポちゃんの口の中から飛び出したピーちゃんが、ぷんすか文句を言いながらカンテラを脚で掴む。くるりとカズハの頭の上で輪を描くように彼女が飛ぶと、カンテラの光が周囲の壁をうっすらと照らし出した。


 その威容に、カズハは息を飲む。


 カズハが見つめている壁には、巨大な壁画が描かれていた。

 それも無数の場面が連なってひとつの物語を織りなしているような大作だ。

 一番上の場面は6メートルほどの高所にあり、ぼんやりとした明かりではよく見えない。ピーちゃんからカンテラを返してもらったカズハは、正面の壁を左から右へと照らしてじっと壁画を眺めた。


 壁画に描かれていたのは、さまざまな獣人たちだった。猫、狐、狼、羊、猿、鳥、リザードマンなど、プレイヤーアバターとして実装されている獣人たちが農業をしたり、狩りをしたり、酒を飲んだり、踊ったりと、日々の生活を営んでいるのがわかる。

 リアルの古代エジプトの壁画と酷似した画風だが、違うのはそこに人間がいないこと。そして神として描かれているべき獣面人身の者たちが人間として描かれていることだった。



「ふふ、まるで人間がいない世界だね」



 カズハは嬉しそうに笑いながら、壁画を一枚一枚じっくりと眺めていく。


 今日、カズハが1人きりでピラミッドの奥まで訪れたのは、この壁画を見るためだった。

 先日の黄金都市の買収劇で、都市直轄店の店長から差し出されたハーブティー。そのカップに描かれていた、ピラミッドの壁画が気になっていたのだ。獣人だけが描かれているという壁画の原本を、ぜひ自分の目で見たいと思っていた。


 攻略Wikiの情報によれば、ピラミッドの奥にはこの壁画の間とは別にボスモンスターが待つ玄室があり、レアドロップ目当てのPTが周回しているということだが、そちらにはまるで興味がない。

 逆に壁画の間は壮観な佇まいながら誰も訪れる者のない不人気スポットということで、カズハにはとてもありがたかった。


 じっくりと鑑賞できるようにするためか、壁画の間には一切モンスターが湧かない。しかし高レベルダンジョンということもあり、わざわざこんな場所を観光に来る者はまるでいなかった。稼ぎにならない場所に価値はない、それが一般的なネトゲプレイヤーの見解だ。


 もったいないなあ、とカズハは思う。

 せっかくこんなにいろいろ作り込んでくれているのに、稼ぐことしか考えられないなんて。確かにモンスターを倒してレアドロップを稼ぐのはネトゲの醍醐味だし、カズハにもその気持ちは分かる。でもたまには足を止めて、スタッフが頑張って作ってくれた美しい景観を鑑賞してもいいのにね。


 黄金都市を奪取してからのこの1週間、エコ猫が忙しくしているので、カズハはこうしてワールド中の名所スポットを巡る旅をしていた。

 もちろん1人旅だ。

 誰かが一緒だとカズハは本気を出せないし、ヒッポちゃんで爆走しながら目的地まで直行するスタイルについてこれる同行者などいない。

 カズハ的にはバイクで気ままにツーリングしている感覚である。通った跡がモンスターの轢死体だらけだけどな。

 別にいいじゃん、誰に迷惑をかけてるわけじゃないし。これまで一人旅もままならない弱小プレイヤーだったカズハは、ようやく好きに冒険を楽しめるカバを手にしたのだ。当面は自由な旅を満喫するつもりでいる。うーん、この解放感!


 ちなみに今日は朝から壁画を見に行くつもりだったのに、長時間のメンテが入ってお預けになっていた。ついさっきようやくメンテが明けたので、居ても立ってもいられず早速ヒッポちゃんに乗ってここに駆け付けた次第である。

 うん、来て良かった。壁画の獣人たちを思う存分愛でられる。



「……?」



 鼻歌を歌いながら壁画をなぞっていたカズハの眼が、にわかに険を宿す。

 その視線の先にあったのは、ひと際大きく描かれている場面だった。


 祭壇と思わしきオブジェクト。その周囲でひれ伏す獣人たち。そして祭壇の上には女性と思われる人間の姿があった。

 女性は黒い衣装と頭冠を身に付け、闇のような色の杖を手にしている。


 なんだこれ、とカズハは思わずイラッとする。

 せっかく可愛い獣人の壁画を見に来たのに、異物が混入している。腹が立つのは、獣人たちがその人間を神の如く崇拝しているように見えることだった。

 次の場面を見ると、女性は獣人たちを従えて何かを指導しているようだ。軽く流し見したところ、女性から知恵を与えられた獣人たちはより強くなり、軍隊を組織して、街を大きくしていく。

 そして指導者である女性に獣人たちはより深く敬意を抱くようになり、やがて別の獣人たちの集団に戦争を挑むのだ。他の集団を下した獣人たちは、さらに大きな群れとなって街を作り、それはやがて大きな神殿を持つ国となっていった。



「余計なことを……!」



 カズハは苛立ちを口に出して吐き捨てた。

 牧歌的な暮らしをしていた獣人たちが、この人間が登場したせいで血みどろの歴史を歩んでいく。こいつさえいなければ、獣人たちは平和に暮らせていたのに。


 読み解く限り、これは“神の降臨”を描いた物語なのだろう。

 しかし気に食わない。人間様が動物を支配するという思想に虫唾が走る。



「そもそも何なの、この真っ黒な女。明らかに邪神じゃん! 神を名乗るならせめて白い服でも着なさいよ。ああもう、腹立つ~!!」



 ドンッ!


 あまりにもむかっ腹が立ったカズハは、つい降臨する黒い女神の絵を壁ドンしていた。その直後に我に返り、いけないいけないと焦る。

 いくらムカついたからって、物に当たるなんて。しかも史跡を傷つけるなんてサイテーだよ。さすがに破壊不可属性ついてるだろうけど、こういうのよくないよね。

 カズハは慌てて手を引っ込めようとして、


 ……カチッ。



「えっ?」



 壁画から響くスイッチのような音に眉を寄せる。

 瞬間、背筋を走るぞわりとした悪寒。

 反射的にバックステップしてその場を離れようとしたカズハの視界を、壁画から放たれた青い燐光が包み込んでいた。



「しまっ……トラップ……!?」



 壁画の間を満たす、煌々と輝く青い光。

 それが収まったとき、壁画の間は再び深淵の闇で覆われていた。


 最初からそこに誰もいなかったように、闇色の静寂が満ちるばかり。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今話からいよいよ新展開です。

しばらくカズハ側の話になりますが、最終的に経済ネタに着地しますのでどうかお付き合いください。

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